koyaken4852のブログ

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積丹岳事件の最高裁判所判決 その4

 積丹岳事件の最高裁判所判決が出された。裁判中私が携わったことについて触れてみたい。

昨日、積丹岳事件の原告の藤原さんから電話。

 訴訟提起した時はご夫婦だったが、今はご主人は亡くなり奥さんからの電話だった。

札幌地方裁判所の判決が出て、被告が控訴。二審の高等裁判所の判決の時は、ご主人が車いすで酸素吸入しながら出廷。その3日後に亡くなった。

 ご主人は、最高裁控訴人の訴えを棄却、高裁判決が確定したから、最終判決の高裁判決を見、聞いてお亡くなりになったことになる。ぎりぎり今となっては良かったと思っている。

 奥さんは耳の近くのできものを手術で切除とのこと。一週間入院して退院して直ぐに電話をくれた。私も意見書を出してこの訴訟に関与していたので、互いに「嬉しいね」「良かったよかった」と話し合う。本当によかった。

 今後は、北海道警察が山岳救助隊の強化方針と予算を確保してくれることを望んでいる。

 専任の救助隊員が居る富山県警救助隊とまではいかなくとも、普通の登山技術や救助技術を体得した救助隊になってほしい。頑張って5年、いや10年かかるだろう。北海道は広域だ。平均的な登山技術や救助技術を持った隊員は、最低50人は必要だ。

 私はいつも救助隊について考えていることがある。道民の命を守る、助ける救助隊、一番良い方法は民間の救助隊が警察の出動要請で救助する方法だ。民間の隊員はほとんどが民間会社や公務員として職場で働いているから、特別休暇制度が必要になる。北海道議会で条例化することが、これも必要になる。民間の会社が条例に従う、そういう民間会社運営の社会化が日常化すればよいのだ。

 登山は面白いもので、周りで登山技術を身に着けるようにと云わなくとも、より高い山・より困難な山登りを思考(志向)すると、自ら一生懸命に身に着ける。夢物語だろうけど。職場の職務命令では、なかなか登山技術や救助技術は身に着かないと、私は考えているから。

 山登りの思考(志向)について少し説明したい。ハイキングと登山は全く違う行為。野球とバレ-ボ-ルくらい違う、と云ったら嘘に聞こえるだろうか。登る対象は山なのだが、本人の思考(志向)がちがう。思考は主観的で、本人に聞いてみないと判断できない。志向は客観的で、誰もが外観を見てすぐに分かる。こと。と云っても分からないでしよう。

 実例を挙げると、ハイキング道路を二人が一緒に並んで歩いている。ひとりは大汗をかきながら歩いている。もう一人は汗もかかずにスタスタと歩いている。サ-どちらがハイカ-かクライマ-か。実は本人に聞いてみないと分からないのが思考なので、これは主観的という。

 クライマ-は体力があるので、汗をかかないと思うが違う。背に背負っているザックのなかには30Kgの水が入っていて、ヒマラヤ遠征のボッカ訓練中だ。

 

今日は私が裁判所に提出した二回目の「意見書」を見てもらう。

 一回目の意見書提出以後に、救助隊員の証人喚問が行われて、証言に新しく指摘しなければならない問題点が出てきた。被告が裁判長に出した準備書面は、これも一回目の意見書で指摘した通り問題だらけだったが、過失までいかなくとも可笑しいでしよう、まずいでしよう、間違いでしよう、が又また出るのはどうしたことか。

 被告側の立場に立って裁判を考えると、そもそも被告は自ら過失は無く身の潔白を証明する裁判でなければならない。それなのに裁判が始まったばかりの被告の書いた準備書面には、過失を犯しましたと云わんばかりだったし、次に行われた証人喚問でも同様だった。全く登山の素人みたいに、救助活動を一度もしたことがないみたい。証言者は証言前に打ち合わせや練習をしてきたはずなのに。 

 それで、二回目の「意見書」を書く羽目になってしまった。

この二回目もA4サイズ31ペ-ジの長文書、じっくりと読んでみましよう。

被告側証人の証言を太字にした

                

 

札幌地方裁判所提出「意 見 書」  小山健二

 

                   2012年 平成24年 8月 1日

                   

 私は、平成23年4月18日に意見書(甲16号証)を提出させていただきました。その後、2回にわたって5名の証人が証言しました。それまでの状況に、証言による新しい事実関係が判明しましたので、2回目の意見書を提出致します。今回の意見書は、前回の意見書と異なる意見を述べたいのですが、新事実があり、意見の重複が避けられません。重要な点につきましては、今回も重ねて意見を述べさせていただきます。

初めに、救助隊の遭難者救助のための原則を、1回目の意見同様に示しておきます。

(1)要救助者を見失わない。

(2)一度タッチした要救助者は離さない。

(3)平常心でない要救助者を救助隊に加えない。

 

1.捜索救助の計画について

 松本孝志証人の証言(証人の証言から抜粋・以下同様)

 斉藤被告代理人の問 3ペ-ジ3行目~8行目 捜索の方法ですが、どのような計画だったんでしようか。

 証言 スノ-モ-ビルと雪上車に乗り、救助するという方法でした。

 

問 その際の積丹岳の天候ですが、どういったものだったのでしようか。

 証言 天候はかなり悪かったと思います。

 

問 山頂方向ですが、どのような天候になると予想できましたか。

 証言 吹雪の状態で大変厳しいものだと思いました。

 

徳田夏樹証人

斉藤被告代理人の問 1ペ-ジ17行目~20行目 遭難者の捜索の方法ですが、どう

いった計画だったんでしようか。

 証言 松本小隊長と私がスノ-モ-ビル2台に乗車し、遭難者に接近するという方法

    でした。

  

梅川康晴証人

斉藤被告代理人の問 3ペ-ジ13行目~15行目 捜索の方法ですが、どういった計

画だったんでしようか。

  証言 スノ-モ-ビルと雪上車で山頂方向に向かって、スノ-モ-ビルに乗った小

     隊長と徳田隊員で救助していく、そういう計画でした。

 

今橋原告代理人の問 12ペ-ジ10行目~18行目 ―――― 最初、出発する前、

    遭難者が低体温症になっているのではないかという想定はされていませんでし

    たか。

 証言 ・・・機動隊を出発するときということでしようか。

 

問 下の、その日の朝、出発するときです。

 証言 その可能性は十分考えておりました。

 

問 そうすると、低体温症の人を救助するのに備えた装備というのをしていたというこ

   とでいいですか。

 証言 必要最低限実行し得るものは持っていたと、そのように思います。

 

 この遭難救助は、気象遭難による要救助者の捜索と救助活動でした。遭難者が山中ビバ-クし救助要請した時点では、風雪はそれほどでなく雲の中でのホワイトアウトで、下山するための目的物が見えない状況で、動く危険よりもビバ-クして危険を避け捜索救出を依頼したものです。その後午後6時過ぎの通信では、ホワイトアウトに吹雪が加わっています。

 この北海道警察山岳遭難救助隊(以後、救助隊又は山岳救助隊と呼ぶ)の救助計画は、スノ-モ-ビルと雪上車で遭難者の居る場所まで乗り付けて救助するという計画でした。

 遭難者からの午後6時過ぎの通信から捜索当日の出発までに、現場の気象は捜索依頼のあった時点から変化している情況でした。行動予定や装備の変更をする機会だったのです。

 重量のかさむ装備を5名の隊員で背負えないのであれば、装備の荷上隊を追加して二次隊の編成が可能だったのです。通常の山岳救助隊は、一回目の意見書でも述べた通り、日帰りの捜索救出活動であっても、テントやコッヘルの装備は救助活動の必須装備としています。ゆえに救助隊の隊員数を決める時に必要装備を持てる人数にするのです。救助隊はツエルトを2張持参しています。テントの重量が重いとのことですが、登山者が一般に使用しているカモシカ社のエスパ-ステントの重量は4人~5人用で総重量3.24kgです。

 又コッヘルはエバニュ-社で260g、大コッヘルでも690gです。5人の装備総重量5人×30kg=150kgとして、身に着けたり、スキ-をはいたりして、残りの背負う荷物は5人×20kg=100kgになります。テントとコッヘルを加えて103.93kgに3.93kg増えたとしても、重量が増えて重過ぎるからとの理由で置いていく程の重量ではなかったのです。テントや雪洞等の中でしか暖める効果のないスト-ブを持参していたのですから、なおさらです。この救助隊の救助計画は、現場の気象状況に合った装備と隊員数でなかったものと思われます。北海道警察の救助隊組織は、この時点では各地の方面本部地域課の課長さんが隊長を勤めている、とうかがっています。この救助隊の二次遭難や三次遭難は、登山や山岳救助に素人の課長さんの指示から始まったのです。

 

2.救助方法と救助の体制について

 乙51号証 徳田夏樹隊員の陳述書 平成24年1月10日 6ペ-ジ 23行目~

  (2)藤原氏の搬送

    ア ―――― そして、松本小隊長の判断で、雪上車を確認することができた9合目付近まで藤原氏を担ぐなどして搬送することになりました。これに異論を唱える隊員はおらず、当時としては最善な方法であったと私も思っています。また、当時の状況を考えると、この時点でビバ-クすることは、藤原氏のみならず隊員も生命の危機に瀕することであり、論外であったと断言できます。

 

 乙52号証 梅川康晴隊員の陳述書 平成24年1月10日 6ペ-ジ 26行目~

  (2)イ ―――― 雪上車まで搬送できれば救える一方で、スケッドストレッチャ-を用いた搬送であれば、強風にあおられるなどの危険性が大きかったからです。

 

松本孝志証人

斉藤被告代理人の問 3ペ-ジ3行目~4行目 捜索の方法ですが、どのような計画だったんでしようか。

 証言 スノ-モ-ビルと雪上車に乗り、救助するという方法でした。

 

問 3ペ-ジ9行目~10行目 救助隊員の編成は全部で何名体制だったんでしよう

  か。

 証言 14名ぐらいだったと思います。

 

問 6ペ-ジ19行目~7ペ-ジ1行目 頂上に着いてから、どのように捜索すること

  にしたんでしようか。

 証言 頂上に着いた後、休憩も取らずに捜索していたため、9合目まで上がってきて

    いるのを確認した雪上車に一旦戻って、態勢を立て直すことを決断しました。

 

問 その後、あなた方は遭難者のツェルトを発見されたんですね。

 証言 はい、そうです。

 

問 ツェルトを発見された場所はどの辺りでしようか。

 証言 山頂から東方向に150メ-トル程度行ったところだったかと思います。

 

市川原告代理人の問 23ペ-ジ13行目~20行目 ―――― そもそもどういう救

  助計画で向かわれたかをお聞きしたいんですが、陳述書では、あなたと徳田さんが

  スノ-モ-ビル、残りの隊員が町の雪上車ですか、で、もう1台雪上車が来ると。

  それでどういうふうに救助しようという計画だったんですか。

 証言 当初の計画では、私と徳田隊員がスノ-モ-ビルに乗って遭難者のいる地点ま

   で行き、後ろから雪上車が追いついて収容するというような方法を取ろうと考え

   ました。

 

問 25ペ-ジ2行目~7行目 最初の計画では、予定時間としてどのくらいのを予定

  してましたか。――――

  最初の計画。

 証言 ・・・・ すぐに遭難者を発見することができれば、3時間くらいで戻ってこ

    れるのではないかなというふうに考えました。

 

問 25ペ-ジ19行目~22行目 いや、当時立てていた計画を正直に言ってくれ

  それでいいんです。当時、概略であれば概略でいいですよ。(徒歩になった場合の

  計画)

 証言 ・・・・ おおむね6時間か、それよりはもっと掛かるのではないかなという

   ふうに思います。

 

問 27ペ-ジ17行目~24行目 雪上車にいる警察の隊員、これの指揮者もあなた

  でいいんですか。

 証言 ・・・・ それははっきりとはしていないと思います。私ではなかったかと

   思います。

   ――――。 

   -―――。

 

問 なかったということは、自分ではないと思っている。

 証言 自分ではないです。

 

問 28ペ-ジ10行目~12行目 町の雪上車は、あなたは指揮は関係ないというこ

  とですね。

 証言 はい。こっちに動くことの調整はするかと思いますが、直接の指揮権はないか

    なというふうに判断してました

 

問 29ペ-ジ24行目~25行目 雪上車とあなたとの間では、無線連絡というのは

  できていたんですか。

 証言 いいえ、直接はできません。

市毛原告代理人の問 46ペ-ジ26行目~47ペ-ジ8行目 ザックを二つ背負って

   いたんですか。

 証言 はい。

 

問 片方ずつ。

 証言 自分の荷物はしっかりと背負って、彼の荷物は右肩に担ぐような状態だったと

   思います。

 

問 2つ合わせてどのくらいの重さだったんですか。

 証言 35から40キロ近かったと思います。

 

問 それは2つということですね。

 証言 はい、合わせて。

 

徳田夏樹証人

斉藤被告代理人の問 1ペ-ジ15行目~20行目 ――――。遭難者の捜索の方法で

  すが、どういった計画だったんでしようか。

 証言 松本小隊長と私がスノ-モ-ビル2台に乗車し、遭難者に接近するという方法

   でした。

 

問 3ペ-ジ15行目~18行目 最終的に、遭難者を発見することができたんでしよ

  うか。

 証言 はい、できました。

 

問 それは、いつのことだったんでしようか。

 証言 山頂付近から積丹岳東側尾根上を捜索しているときになります。

 

梅川康晴証人

斉藤被告代理人の問 3ペ-ジ13行目~15行目 捜索の方法ですが、どういった計

  画だったでしようか。

 証言 スノ-モ-ビルと雪上車で山頂方面に向かって、スノ-モ-ビルに乗った小隊

   長と徳田隊員で救助していく、そういう計画でした。

 

問 5ペ-ジ12行目~16行目 頂上に着いてから、捜索方法はどのようにされたん

  でしようか。

 証言 一旦雪上車に戻り、昼食を取った後、再度捜索をするというように指示を受け

   ました。

 

問  遭難者のツエルトを発見した場所はどこでしたか。

 証言 山頂から少し下ったところです。

 

 この救助隊の救助方法について意見を述べます。5名の救助隊は町の雪上車から降りて、以後山頂まで徒歩で歩いています。雪上車に戻り昼食をとって、再び捜索を再開するために雪上車へ戻りかけた時に遭難者を発見しています。そして、その間の気象状況を「猛吹雪」との言葉を使っています。歩行可能な猛吹雪でした。強風でスケッドストレッチャ-を広げれないと述べていますが、通常歩行できる風雪ならテント設営可能ですから、スケッドストレッチャ-を広げて遭難者を寝袋に入れて、スケッドストレッチャ-搬送ができたのです。両脇を抱えて風雪にさらされている状態では、低体温症の進行を止めることはできないでしよう。梅川隊員の陳述書で「スケッドストレッチャ-搬送中でも強風にあおられるなどの危険性が大きかった」と述べています。スケッドストレッチャ-搬送する場合、通常は前後をロ-プで引いて行います。斜面のトラバ-スする場合は、横にも確保者が付きます。スケッドストレッチャ-を広げる場合には、強風下で頑張って広げる状況が考えられますが、遭難者を乗せたスケッドストレッチャ-が風にあおられるとは考えられません。

 救助方法や救助計画については、それぞれの隊の基本方針があり、一概に良し悪しを述べることはできません。しかし、この救助活動や指揮命令を見ると、経験からの改善や改良などが垣間見られないのです。救助活動の現場の情況からの救助計画、携帯装備、救助隊員数、実際の救出行為など全般にわたって、ほとんど経験の積み重ねがないかの様な知識や技能の未熟さが見られます。3名の隊員に共通する証言があります。それは、梅川隊員の証言「スノ-モ-ビルと雪上車で山頂方面に向かって、スノ-モ-ビルに乗った小隊長と徳田隊員で救助していく、そういう計画でした。」と、遭難者の居る場所まで機動力のスノ-モ-ビルと雪上車を到達させるものです。この遭難は元気だったボ-ダ-が、ホワイトアウト気象で雪庇などの危険を避けるために行動をストップしてビバ-クしたものです。気象遭難が分かっているのに、証言からは遭難者の居る場所までスノ-モ-ビルと雪上車を到達させる捜索救助計画だったことが分かります。スノ-モ-ビルや雪上車も、雪庇の危険を避けなければならないはずです。救助隊の救助活動は、まず救助方法の計画から間違っていました。過失の連鎖の始まりは、ここから始まったと考えます。

数年前までは、110番通報すると北海道山岳遭難防止対策協議会が出動していました。北海道山岳遭難防止対策協議会の代表は、北海道山岳連盟の会長さんなので登山経験のある救助隊員に混じって、同協議会員の北海道警察山岳遭難救助隊の隊員も現場に向かう組織形態なのです。現在でも、110番での救助要請は、道警救助隊と道対策協議会の両者のうちどちらかが出動する態勢のはずです。どうして登山経験の少ない道警救助隊の単独出動にしているのか理解できないのです。

  北海道警察はこの積丹岳事件以後に、お二人の山岳遭難救助アドバイザ-を設けています。そして、トムラウシの大量遭難事故もあり、毎年山岳遭難防止のためのシンポジウムを開催しています。アドバイザ-のお一人の船木上総医師は、早速この事件についてご意見を述べられています。もうお一人の大城和恵医師は国際山岳医を務められています。国際山岳医制度は我国を含め世界18ケ国で実施されており、国際的な山岳団体3団体の認定がある制度です。私達登山者にとっては事故予防は勿論、登山中のアクシデントに際しても心強く感じています。国際3山岳団体は、UIAA・国際山岳連盟、ICAR・国際山岳救助協会、ISMM・国際登山医学会です。これらの国際団体の山岳医を含めた山岳救助隊や救助隊員の基本的な思想があるので紹介しておきます。山岳救助隊や救助隊員に限っては、3団体のうち前者2団体は、1.生存者を中心に考える、2.救助隊員は山男・山女でなければならない、の2点を定めています。

 山岳救助隊は、生存者を中心に救助計画し救助活動をしなければならないのですが、松本孝志隊員の証人喚問時に、ちょうど私も傍聴していました。

 

瀬戸裁判官の問 50ペ-ジ4行目~9行目 ハイマツに固定したときに、手を離した

  状態でしっかりと固定されていたとのことでしたが、ロ-プの長さが左右で違った

  と思うんですけれども、どちらか左右に傾いたりした状態で固定していたんでしょ

  うか。

 証言 ストレッチャ-の上のほうが、おおむね左のほうに傾いている状態だったと思

   います。

 

 裁判官の質問趣旨は危険度についての質問かと思われますが、私は要救助者が斜度40度の斜面に、頭を上にして吊り下げられたうえに傾いた姿勢を強いられている様子を考え、証人の発言には、何をやっているんだ、何を考えているんだと憤慨やるせない気持ちでいました。原告弁護士の指摘する通り、やわ雪なのだからストレッチャ-を横にして少し沈ませれば、体勢も楽になり安全度も増すのにと思ったものです。この救助隊と隊員達の、頭脳で考え心で思うことには、国際思考の「生存者を中心に考える」は通用しないのでしよう。それにしても、救助隊員は救助訓練を始める以前は、ほとんど登山経験の無い救助隊員なのでしょうか。国際基準はともかくとしても、北海道のロ-カルでも、登山愛好者の登山活動は、国際舞台で活躍し道内登山も旺盛なのに、行政機関である北海道警察山岳遭難救助隊の基本的な救助方針が見えてきません。

 北海道警察に就任されたお二人のアドバイザ-は、事故後のファ-ストエイド(救急時の適切な救急・応急処置)や負傷者の対応の専門家です。ですが、救助隊に所属していたり、チ-ムレスキュ-(組織救助)の専門家ではないはずです。この山岳救助隊の救助方法は、必用装備の不備、持参装備の不使用、装備使用時の危険使用、又通常救助行為によらない危険な救助行為が連続しています。これらのことについては、各項目ごとに後述しますが、北海道には山岳救助についての高い知識や技能を持つ経験者がたくさん居ります。アドバイスを受けるなど改善が求められると考えます。

 

3.低体温症者の救助方法

 松本孝志証人

斉藤被告代理人の問 1ペ-ジ14行目~20行目 あなたは,これまでに低体温症の

   症状の遭難者を救助したことがありますか。

 証言 はい、あります。

 

問 どの救助のときだったのでしようか。

 証言 平成19年、暑寒別岳で救助したときのことです。

 

問 そのとき、あなたは誰にどういう措置を講じたんでしようか。

 証言 遭難者に温かい飲物、チョコレ-トなどを与え、保温措置を執りました。

 

問 8ペ-ジ11行目~16行目 あなたは、保温の方法として、どのようなことを

  されたんでしようか。

 証言 ダウンジャケットを着せたり、温かい飲物を飲ませたりしました。

 

問 その飲物ですが、具体的には何という飲物でしようか。

 証言 温かいカフェオレだと思います。

 

問 遭難者は、それを飲むことができたのでしようか。

 証言 はい、飲み干すことができました。

 

問 11ペ-ジ23行目~26行目 遭難者をスケッドストレッチャ-に乗せたのは、

  どのような理由によりますか。

 証言 搬送しやすくするためと、雪面から離すことで少しでも保温の効果を高めよう

   としました。

 

問 12ペ-ジ1行目~6行目 ストレッチャ-に乗せたときの遭難者の状態ですが、

  どのようなものだったでしようか。

 証言 だんだんと声掛けにも反応が鈍くなり、だんだん状況が悪くなってきていると

   判断しました。

 

問 かなり危険な状態だったと、このように理解してよろしいですか。

 証言 はい。

 

市川原告代理人の問 17ペ-ジ6行目~17行目 あなたは、低体温症についての勉

  教会あるいは講習会というようなものを何回ぐらい受けていますか。

 証言 ・・・はっきりは断言できませんが、10回以上は受けていると思います。

 

問 どういう講習会、あるいは勉強会だったか、覚えていますか。

 証言 はい、山岳レスキュ-研究会などで低体温症に関する講義等を受けた記憶があ

   ります。

 

問 その主催はどこになるんですか。

 証言 北海道雪崩防止協会、ねおすというところが主催していた講習会に参加した記

   憶があります。

 

問 17ペ-ジ21行目~18ペ-ジ2行目 低体温症の要救助者に対して、動かし

  ても大丈夫な場合というのはどのような状態か、知っていますか。

 証言 はい、低体温症の軽度であれば、問題はないと考えます。

 

問 逆に、余り動かしてはいけないというように判断できるのは、どういう場合です

  か。

 証言 重度の場合などは、余り動かさないほうがよろしいかと思います。

 

問 重度というのは、あなたの理解では、どういう症状が出ている場合ですか。

 証言 意識がない場合等です。

 

問 31ペ-ジ3行目~10行目 低体温症自体を見れば、本来は藤原さんは余り動

  かすのは良くない状況であると、そう認識したんですね。

 証言 それでよろしいかと思います、はい。

 

問 でも、動かさざるを得なかったと、そういうことですね。

 証言 はい。

 

問 その動かすと決定した理由なんですが、もう一度言ってもらえますか。

 証言 速やかに下山して医師による診察を受けなければ、命の可能性がないというふ

   うに判断したからです。

 

問 40ペ-ジ12行目~22行目 落下後の藤原さんの状態、これは、あなたの低

  体温症に関する知識からすれば、動かしても大丈夫な場合か、できれば動かさな

  いほうがよい場合か、どちらでしたか。

 証言 先ほどの質問からいえば、動かさないほうがいい状態だと思います。

 

問 そこで、ちょっとお聞きしたいのは、その場で雪洞を掘ってビバ-クをするとい

  うことを考えなかった理由、決断しなかった理由を教えてください。

 証言 雪洞を掘ってビバ-クすれば、藤原さんの、遭難者の命がなくなるというふう

   に判断したからです。

 

問 理由はなぜ。

 証言 低体温症の症状が進んでおり、一刻も早く医師に見せなければ回復しないとい

   うふうに思いました。

 

問 40ペ-ジ26行目~41ペ-ジ2行目 上に上がって救出するのに、予想時間

  としてはどのくらいを考えてましたか。

 証言 ・・・4時間、若しくは5時間、それくらい掛かるかなというふうに思います。

 

問 42ペ-ジ16行目~19行目 その間、藤原さんは風雪にさらされることにな

  りませんでしたか。 

 証言 寝袋にくるんでおり、ストレッチャ-にも巻いておりましたので、風雪という

   心配はさほどしておりませんでした。

 

鳥居裁判官の問 52ペ-ジ19行目~25行目 雪庇を踏み外して落ちましたよね、

   その後の藤原さんの容体というのは、初めの容体よりも悪くなってましたか。

 証言 はい、悪くなりました。

 

問 かなりと聞いていいんですか。それとも、多少というくらいの感じでしようか。

 証言 徐々に悪くなっていき、時間の経過に従ってどんどん悪くなっていきました。

 

徳田夏樹証人

斉藤被告代理人の問 4ペ-ジ10行目~11行目 遭難者の状況を見て、どのように

   判断いたしましたでしようか。(発見時)

 証言 中度から重度の低体温症だと思いました。

 

問 5ペ-ジ9行目~12行目 搬送せずにビバ-クすると、こういった方法を選択

  しなかった理由はどうしてですか。

 証言 遭難者の容体から、直ちに搬送しなければ、生存で救助することはできないと

   思ったからです。

 

問 6ペ-ジ15行目~16行目 遭難者をストレッチャ-に乗せたとき、何か反応

  はあったでしようか。

 証言 いえ、一点をぼうっと見詰めるような状況で、瞳孔が開いていました。

 

梅川康晴証人

斉藤被告代理人の問 2ペ-ジ9行目~16行目これまでに、あなたは、低体温症の症

  状の遭難者を救助したことがありますか。

 証言 はい。

 

問 それは、いつ、どこでのことでしようか。

 証言 平成19年3月の暑寒別岳での救助です。

 

問 どういう措置を取られたかを具体的に説明していただけますか。

 証言 チョコレ-トなどを与え、保温措置を取って、ぬるま湯等を飲ませて、それで

   救助しました。

 

今橋原告代理人の問 12ペ-ジ10行目~15行目 ここで、低体温症で、進行した

  程度と云うことで発見して、最初、出発する前、遭難者が低体温症になっている

  のではないかという想定はされていませんでしたか。

 証言 ・・・機動隊を出発するときということでしようか。

 

問 下の、その日の朝、出発するときです。

 証言 その可能性は十分考えておりました。

 

問 15ペ-ジ21行目~23行目 それくらいの、自分で、自らの意思で足を動か

  せるくらいの体力は残っているようだったということですよね。(発見して歩くと

  き)

 証言 はい。

 

 山岳での遭難者である低体温症者に対する現場での処置については、医師の居る病院の治療とは異なります。医師でない山岳救助隊員でも、専門的知識の学習と経験を積み重ねることで、現場でのある程度の対処ができるでしよう。一般的な救助隊員は、医師などの専門家の説明や解説がある学習会・講習会・セミナ-などでの知識の習得が欠かせません。現場では、収得した知識を生かして「しなければならないこと、してはいけないこと」の対処で遭難者の安全確保を行うことになります。

低体温症者の症状から軽い低体温症なのか、それ以上重い状態なのかの判断を行わなければなりません。専門的には、身体のコア部分の温度測定をしなければ判断ができません。具体的には直腸温度を測るなどの必要があるのです。登山者が遭難するほどの悪条件の現場では、遭難者の行動・言動・体の震え、等で判断します。例えば私が会長を務めるNPO法人北海道雪崩研究会の北海道雪崩講習会テキストでは、遭難者発見後の医療として、コア体温と身体からの比較でだいたい、深部体温35度以上の軽症・意識障害なし・深部体温32度以下の重症、の3段階に分けて説明しています。遭難現場で救助隊員が症状を見極めるのは困難でしよう。低体温症にも個人差があり、例えば33度~34度以上で筋肉を震えさせて自身で熱を産生することも、32度以下では震えが止まると説明するのですが、実は32度以下でも震え続ける人もいるのです。

 私は雪崩講習会の講師として、お医者さんなどの専門家ではないので、現場での処置については、「しなければならないこと、してはいけないこと」を受講生に教えています。「しなければならないこと」は、まず保温に努めること。それは遭難者の低体温症を悪化させないためと正常体温に戻す処置だからです。スキ-やボ-ドの上に乗せて雪の寒さから遮断する。身体も全身を寝袋やツエルト・テントなどで包んで外気を遮断する。雪崩のデブリ(堆積雪)から掘り起こした人には、現場の二次雪崩のない安全な場所にテントの設営完了まで、再び雪で被うことで外気を遮断します。ツエルト等で被う場合は、全身を隙間なく被わなければなりません。一部が外気に触れている状況は、その部分の体温が低下するし、外気に触れた部分の血液が循環して全身に広がるからです。そして重要なこととして講習していることは、外気からの遮断に加えて、温かい飲み物や食べ物を食べさせることです。遭難者自身が自ら体温・熱を産生して正常体温に戻そうとするためです。気象遭難でビバ-クした遭難者は一晩以上食べ物を口にしていないかもしれません。自分自身で熱産生ができない状態では、筋肉を震えさせて熱を作り出すことさえできません。食べてから30分後、1時間後には体温の回復ができるのです。最後に、テントがあれば、テントを設営してその中で、寝袋に入れ、温かい飲み物と食べ物を食べさせることです。

 車に積んで来たテントを、出発時に持たなかったことが「しなければならないこと」の保温をできなかったことにつながったと思われます。

 他の一つ「してはいけなとこと」は、レスキュ-デスと言われている無知からの救助行為が命を奪う行為です。低体温症の遭難者の血液の循環を良くするために手足をさすったり、意識がしっかりしている遭難者が「歩ける」意思表示があって歩かせたりすること等です。コア以外の手足の冷えた血液が心臓に達して心室細動を起こすのです。手足の血管は、肌の表面からは見えない位に細くなっていて、冷たい血液を通常通りには心臓に送らない、コアの体温を維持する働きがあるのです。誤った救助行為で命を奪うのは避けなければなりません。救助を終え救急車に収容してから、原因が分からず死亡したりするのです。このことがレスキュ-デスなのです。

 松本小隊長は低体温症に関する勉強会あるいは講習会に10回以上参加したと証言しています。この事故の日付は平成21年2月1日です。そして、トムラウシ山での低体温症遭難死亡事故が平成21年7月16日でした。このトムラウシ山事故以後は、民間の山岳団体主催の低体温症を重点にしたシンポジュ-ムなどが開催されています。又、北海道警察主催のシンポジュ-ムが以後毎年開催され平成24年7月13日に3回目が開催されています。トムラウシ山事故以前にも、各種団体が山岳事故防止の集会を開催していましたが、特別に低体温症についての学習を行うものは少なかったのです。NPO法人北海道雪崩研究会では、毎年「雪崩研究会」を6月に、「雪崩安全セミナ-」を10月に、「雪崩講習会」を11月~2月にかけて開催しています。一般市民対象としたものです。この中で雪崩に埋没した人の低体温症についての講義は、3年に1度平均くらいのペ-スで行っています。講義は北海道警察のアドバイザ-に就任された専門家の船木上総医師が行っていました。雪崩研究会の行事で低体温症についての講義を行う理由は、埋没した遭難者を掘り起こして救助した時に、低体温症になっている場合があるからです。

 松本小隊長の参加した北海道山岳レスキュ-研究会はNPO法人北海道山岳活動サポ-トなどの団体が主催して年間に数回の山岳事故防止の活動をしています。共同開催団体が北海道ガイド協会で、協力団体は北海道警察・北海道防災航空室・札幌市消防局・NPO法人北海道アウトドア協会などです。私も数回参加して勉強させていただきました。最近は北海道警察のアドバイザ-に就任された大城和恵医師が低体温症など講義を行っているようです。

 松本小隊長は低体温症に詳しいと証言しています。低体温症者へ対応する「すべきこと・してはいけないこと」を承知していたのであれば、動かさないで保温する最良方法のテントに収容し寝袋に入れ、更にコッヘルとスト-ブで暖かい飲み物が作れるのです。食べ物は「自分達の食料を遭難者に分け与える予定」と証言しています。テントの風上側には、幸いにも硬雪なのでブロックを積み上げると居住性が良くなり、遭難者発見が12時頃だったので、ビバ-クせずに数時間後には回復、遭難者が自力下山する可能性もあったのです。

 松本小隊長と梅川隊員のお二人は、平成19年3月の暑寒別岳での救助で、低体温症の遭難者救助の様子を証言しています。これは、お二人の経験を語っていただいて、低体温症の知識と処置方法に詳しいことの証言だろうと推測しますが。なぜ貴重な経験が今回の積丹岳で活かせなかったのでしようか。低体温症者にお湯を飲ませ、食べ物を食べさせるのは症状を進ませない、又回復させる処置なのですから。それも遭難者自らの体内で熱を産生させて回復する重要なことです。甲23号証の救助隊員の携行装備品には、チョコレ-ト12、カロリ-メイト1、パン14、ソ-セ-ジ3と記されています。要救助者はカフェオレを飲み干しています。前夜から何も口にしていないことも考えられ、チョコレ-ト等を食べさせていたなら、少なくとも症状の進行を止めていたかもしれません。低体温症者にチョコレ-トを食べさせたことを、わざわざ証言するほどの認識があるのに、何も食べさせることをしなかったのです。

 山岳救助隊の隊員は、低体温症についての知識を講習会参加で身につけているはずです。しかし、松本小隊長が証言で「動かさない方が良かったが、他に方法がなくやむなく動かした」というように、「しなければならないこと、してはいけないこと」の全く逆のことをしています。テントを持参していれば、「やむなく動す」こともなかったのです。テントを置いてきたことが、それからの行動に重大な影響を及ぼすこととなるのです。

 

4.デポ旗

 松本孝志証人

斉藤被告代理人の問 4ペ-ジ21行目~23行目 雪上車は、その間、どうしたんで

  しようか。

 証言 天候の回復を待って、私達が挿すデポ旗を頼りに上がってくるということで話

   をいたしました。

 

市川原告代理人の問 48ペ-ジ26行目~49ペ-ジ4行目 発見場所から、東じゃ

  なくて、本当に北か北東の方向に向かって斜面を下りていって、デポ旗のところ

  に行って、それから、雪上車のほうに回ると、これだと、どのくらいの時間が掛

  かると判断したんですか。

証言 デポ旗を見付けることが非常に困難だと思いましたので、そのことは全く考えて

  おりません。

 

 徳田夏樹証人

市川原告代理人の問 15ペ-ジ5行目~7行目 陳述書には、デポ旗は、30メ-ト

  ル間隔というふうに書いてあったんですが、それは間違いないですか。

 証言 はい。

 

デポ旗の使用目的は、最初の私の「意見書」でも書いております。

1回目の意見書より 

 天候悪化で目標物を目視できずにデポ旗を使用するのは、GPSや地形図と磁石に頼らず、あくまでも目視で登山や下山をする時に有効である。磁石などと併用することもできる。デポ旗を一定程度の間隔で雪面に刺すのは、天候が晴れていて先方が目視できている場合でもしなければならない。出発時の天候に関わらず、帰路や原点復帰のためのものである。あくまで回収しつつ原点まで戻るためのもので、刺したまま他のル-トを辿ることを想定している場合には適しない。デポ旗間が目視できないほどの悪天時は、地形図と磁石で歩く場合と同様に、先頭者や二番目三番目を目視できる距離まで歩かせて、後続がそれに続く方法で次のデポ旗を探すことになる。歩行できる範囲の風雪では、デポ旗が抜けることはない。やわ雪にはしっかりと刺さなければならない。    

 
   

 

 

 徳田隊員はデポ旗の挿す(打つ)間隔を30m間隔と証言しています。又、「デポ旗を見つけるのは非常に困難」と証言しています。デポ旗設置の目的に合わないような挿す間隔だったことがうかがわれます。しかし、風雪で視界が10mでも、30m間隔なら、遭難者と一体の3名を入れて、他の3人が横並びに10m間隔で歩けば確実に発見することが可能であったのです。同時に2個の旗をみつけることもできたのです。南側の雪庇の危険を承知していたのですから、この救助隊は安全なル-トよりも危険なル-トを選択したこととなります。デポ旗を見ながら進んだ町の雪上車の運転手の証言からは、雪上車の進行のためのデポ旗の設置とも受け取れるものです。5人の隊員は、自分達の帰路のために設置したのではなく、あくまで当初計画の雪上車を遭難者の居る場所に到達させて、収容する目的のデポ旗設置だったのでしようか。

 知力や想像力が特別優れていなくとも、普通に考えて、それも危険な雪庇の存在を確認していたのですから。東方向へ真っすぐ歩くのでは、しばらくの間南側に張り出している雪庇と平行に歩くことになるのです。デポ旗設置の基本的使用目的通りに、帰路に使用できるのですから、実際にデポ旗へ向かえたのです。

 

5.GPS・コンパス・地形図 

 松本孝志証人

斉藤被告代理人の問 9ペ-ジ19行目~10ペ-ジ8行目 進行方向ですが、あなた

  はどのようにこれを指示されたんでしようか。

 証言 GPSで落としたポイントを地図で確認し、雪上車の場所が東方向にあると確

   認しました。

 

問 そのとき、注意事項として、あなたは隊員にどのように進行するように指示をした

  んでしようか。

 証言 気持ち北東方向に進行するよう、指示しました。

 

問 それはどうしてですか。

 証言 南側に崖があることを、前日の訓練で知っていたからです。

 

問 進行に当たり、誰が進行の方向を確認していたんでしようか。

 証言 私です。

 

問 どういう方法で進行方向を確認し、指示をしていたんでしようか。

 証言 GPSとコンパスで進行方向を確認しました。

 

問 遭難者の搬送を始めてから、どのくらいの時間で雪庇を踏み抜いたんですか。

 証言 おおむね5分ぐらいだったかと思います。

 

問 そのとき滑落したのはどなただったんでしようか。

 証言 庄司部長、梅川隊員、岡本隊員、遭難者の4名です。

 

市川原告代理人の問 19ペ-ジ21行目から26行目 そうすると、使い慣れている

  ものという理解でいいですね。(GPSについて)

 証言 はい。

 

問 どこのメ-カ-のどういう機種か覚えていますか。

 証言 カ-ミンという機種です。

 

問 それには地図の表示はあるんですか、ないんですか。

 証言 ありません。

 

問 20ペ-ジ12行目~14行目 固定して、この地点、次に移動した地点と、それ

  ぞれの地点をGPSに落としていますか。

 証言 落としていません。

 

問 20ペ-ジ18行目~21ペ-ジ2行目 それ以上、それによって得られる情報と

  いうのは何かありますか。

 証言 ・・・行きたい目標地点の場所を入力すれば、その場所までナビゲ-ションする

  ことができます。

 

問 どういうふうにナビゲ-ションするんですか。音声ですか。

 証言 いいえ、矢印で示します。

 

問 あなたは、コンパスだけで移動するという訓練を受けたことはありますか。

 証言 はい。

 

問 それは、先ほど言っていた夏、冬、1回ずつの訓練のときですか。

 証言 はい。そのほかに機動隊の山岳訓練等で実施した経験があります。

 

問 コンパスと地図の両方を使って移動するという訓練もしているんですね。  

 証言 はい、あります。

 

問 30ペ-ジ6行目~7行目 だから、それはあなたが下山した後。(雪上車がデポ

  旗伝いに上がったことが判ったのはいつ)

 証言 そうです。

 

問 33ペ-ジ2行目~34ペ-ジ19行目 次に、移動を始めました。進むべき方向

  をもう一度言ってください。どのように決定したのですか。

 証言 GPSで現在位置をまず確認した。その場所を地図で確認し、おおむね雪上車

  が見えた場所、9合目付近、この付近まで方向を確かめました。それをコンパスで

  確認し、進行方向を決定しました。

 

問 そうすると、あなたは、地形図上に、両方の位置、発見場所、つまり出発地点と目

  標の地点を地図に落としたと聞いていいですか。

 証言 地図に印を付けたということでしようか。

 

問 はい。

 証言 印は付けてません。

 

問 じゃ、現在地点はGPSで確認した。

 証言 はい。

 

問 それを地形図に点として落とさなくても、地図のどこにいるというのは、どうやっ

  て、GPSの数値から、図面上ここだと特定できたんですか。

 証言 マップポインタ-という定規のようなものを使って、その地点であるというこ

  とが分かりました。

 

問 そうすると、あなたはマップポインタ-を持っていったんですね。

 証言 はい。

 

問 36ペ-ジ16行目~22行目 で、隊員に方向について指示なり修正をしたとい

  うことはありますか。

 証言 修正はしていません。

 

問 ということは、指示してないのですね。

 証言 はい。

 

問 そうすると、あなたとしては、コンパスを見て、真っ直ぐ東に進んでいると思った

  ということですね。

 証言 はい。

 

問 37ペ-ジ11行目~26行目 だから、そういうことを何回かやりましたか。あ

  なたが止まって、前に進んでいくのを確認して、前の4人はどっち行ってるから大

  丈夫だとか、確認はしてましたか。

 証言 はい、数回しました。

 

問 で、修正もしないんだから、そのまま正しいと思ってたんですね。

 証言 はい。

 

問 それから、ここに雪庇があるということは、あなた自身も熟知していたんですね。

 証言 はい。

 

問 あなたが出発した位置から雪庇までは、どのくらいの距離があったと思ってました

  か。

 証言 おおむね50メ-トルくらいあったと思います。

 

問 雪庇の方向は。

 証言 ・・・・南側又は南東方向、こちらの方向です。

 

市毛原告代理人の問 46ペ-ジ26行目~47ペ-ジ8行目 ザックを二つ背負って

  いたんですか。

 証言 はい。

 

問 片方ずつ。

 証言 自分の荷物はしっかりと背負って、彼の荷物は右肩に担ぐような状態だったと

   思います。

  

問 2つ合わせてどのくらいの重さだったんですか。

 証言 35から40キロ近かったと思います。

 

問 それは2つということですね。

 証言 はい、合わせて。

  

鳥居裁判官の問 50ペ-ジ22行目~24行目 距離はどのくらいか、距離感も、大

  体正確なところは認識されてたんですか。

 証言 はい、GPSでポイントを落とした地点から、すぐ近くのほうには崖があると

  いうふうに認識してました。

 

徳田夏樹証人

斉藤被告代理人の問 5ペ-ジ13行目~14行目 進行方向は、誰がどのように決め

  たんでしようか。

 証言 松本小隊長が、コンパスを見ながら指示を出していました。

 

市川原告代理人の問 11ペ-ジ9行目から19行目 藤原さんを発見して歩き始める

  ときのことからお聞きします。あなたは、コンパスを使って、方向を確認していま

  したか。

 証言 いいえ。

 

問 松本さんだけが方向を確認して指示をしていたのですか。

 証言 はい。

 

問 松本さんの方向の確認方法は、どういう方法でしたか。

 証言 コンパスを見て、風が強かったので、北東方向に歩けというような指示を後ろ

  から大声で出していました。

 

問 北東方向に歩けですか。
 証言 はい。

 

問 ということは、体の向きはどの方向を向いて歩いていたのですか。
 証言 北東方向に歩けというのは若干訂正します。気持ち北東方向に歩けというよ

  うな指示がありました。

 

市毛原告代理人の問 19ペ-ジ19行目から23行目 先ほど、歩いていたときのこ

  とも聞かれていたと思うんですけど、コンパスを持っていたのは、というか、コン

  パスを使っていたのは、松本さんだけなんですか。

 証言 5人とも所持はしておりましたが、当時は松本小隊長のみでした。

 

 梅川康晴証人

今橋原告代理人の問 14ペ-ジ18行目~20行目 それは、やはり、右側に、いわ

  ゆる南側に進路がずれてしまったということですか。

 証言 私としては、真っすぐに東に向かって歩いている、そういう認識でした。

 

 GPSやコンパス・地形図など、登山や山岳救助中の装備品については、必ず携帯するものです。そして、その使用方法を熟知して、基本的な使用を心掛けなければなりません。誰でも最初は一年生ですので初心者です。積極的に使用して使い慣れなければならないでしよう。ベテランなのに、使用方法の基本的な部分を使わないことがあってはならないのです。学習し、慣れるということは、現場でその機能を遺憾なく発揮するためなのです。

 最初にGPSと地形図の使用について触れます。松本小隊長は、雪上車から降りてスキ-で歩き出してから、GPS機に自分の辿った場所を一切の記録を落としていませんでした。証言では「行きたい目標地点の場所を入力すれば、その場所までナビゲ-ションすることができます。」と言っているし「使い慣れている」とも証言しています。遭難者を連れて雪上車がデポ旗を辿って前進した場所まで進むのですから、この機能を活用すればコンパスを見なくとも、矢印で示してくれるナビゲ-ション通りに進めたのです。このGPSの基本的機能を活用することで、南側の雪庇に近づく危険を回避できたのです。

 一方、松本小隊長がデポ旗を設置したことで、GPSの使用を不要と考えたのなら、GPSに辿った軌道を落とさなかったことは分かります。しかし、松本小隊長はデポ旗についても視野にない証言をしています。

 

市川原告代理人の問 48ペ-ジ26行目~49ペ-ジ4行目 発見場所から、東じゃ

  なくて本当に北か北東の方向に向かって斜面を下りていって、デポ旗のところに行

  って、それから、雪上車のほうに回ると、これだと、どのくらいの時間が掛かると

  判断したんですか。

 証言 デポ旗を見付けることが非常に困難だと思いましたので、そのことは全く考え

   ておりません。

 

 そもそもデポ旗を設置するのは、GPSを持たない場合が多いのですが、この救助隊は原点復帰する場合や帰路のためにデポ旗とGPSの二重の安全策を実行しています。そのどちらも活用しないで危険を犯したことになります。この救助隊は、設置したデポ旗を利用する意思がなく、GPSも利用する意思がないので辿った軌道の記録を落としていません。

 雪上車へ向かって歩き始める時の現在地の確認には、「現在地点はGPSで確認し」「マップポインタ-という定規のようなものを使って、その地点であるということが分かりました。」と証言しています。このマップポインタ-は、(株)測研が販売している商品名です。地形図上の経緯度が読み取れる様にする定規です。GPSに表示された緯度経度を地形図に落とすのです。マップポインタ-が現場で使用できるのは限りがあります。それは、積丹岳の地形図であれば、あらかじめ北緯・東経の横線と縦線を1分間隔(秒間隔でも良い)で書き込んでおかなければなりません。「ご使用の際には地形図に予め1分線を記入してください」と使用説明されています。例えばGPSで自分の家の緯度経度が分かっている場合、札幌市の地形図の中心点が10進数では北緯43度06分46秒・東経141度34分68秒なので、又地形図の脇に書かれている緯度経度のその地点からマップポインタ-を使用して1分間隔(秒にも対応)で線を引いて、中心点から北緯の違う分の数と東経の違う数だけ移動すると、自分の家に落とすことができるのです。市販されているマップポインタ-は、日本の地形図の北海道と沖縄では経度の幅が異なるため、8種類あるマップポインタ-の北海道適用のものでなければなりません。松本小隊長は、地形図上にはGPS数字の地点を落としていない、と証言しながらマップポインタ-を使って位置が分かった、と言っています。この証言からは、GPSやマップポインタ-と地形図の三者の使用で現在地が分かったことにはなりません。事前に、マップポインタ-を使用して、地形図に分間隔(秒間隔も可)の線を書き込んでいなければならないからです。松本小隊長の使用方法が間違っていて、正確な現在地点判明の説明にはならないのです。

 通常の登山や山岳救助では地形図を装備として持参し、使用しますが、事前にマップポインタ-を利用するための線引きは行いません。それは、別に理由があってのことです。GPSを利用して登山する場合は、パ-ソナルコンピュ-タ-の地形図ソフトを用いて、国土地理院の電子地図に経緯度を表示できるからです。それで、それをプリントして持参するのです。それは、松本小隊長が持っていた地形図には経緯度が書き込まれていませんが、現在ではGPSとこのプリントアウトされた地形図の利用が普通に行われているのです。GPSとマップポインタ-を山岳に持参して、現在地を地形図に落とす様な人なら、手書きする以上に正確であるパ-ソナルコンピュ-タ-を利用するということです。遭難者の命を救う山岳救助ならなおさらです。一方、進む方向を確認する時は地形図にGPSポイントを落とさずにマップポインタ-で位置を確認したと証言しているのに、鳥居裁判官の雪庇までの距離についての問いには、「GPSでポイントを落とした地点からすぐ近くのほうには崖があるというふうに認識してました。」と異なる証言をしています。

 次にコンパスの使用について触れます。遭難者発見場所から雪上車の見えた方角へ徒歩で歩き始める体制は、先頭が荘司部長、次いで遭難者を挟んで進行方向を向いて左側に梅川隊員、右側に岡本隊員、その後ろに岡本隊員のザックを背負った松本小隊長と梅川隊員のザックを背負った徳田隊員でした。なぜ先頭を歩く荘司部長がコンパスを見ながら歩いていないのでしよう。その後方を歩く2隊員は遭難者を若干抱えながら歩いています。後尾の2隊員は二人分の40kgの荷物を背負っています。両手が自由に使えて、ましてや目標物が見えない視界の中を目標に向かって、どちらに進んだら良いのかコンパスがなければ五里霧中です。荘司部長本人が五里霧中なのです。出発時に松本小隊長から、東方向、手で示して、進めと言われただけです。その後は、松本小隊長が自ら証言している様に、5分間なんの指示もなかったのです。荘司部長はコンパスを持参していたのですから、そして南側の危険な雪庇を認識していのですから、雪上車に向かうことよりも危険の回避のためにコンパスの使用が必定だったのです。松本小隊長が出発時に指示して、その後に指示できなかったことは理解できます。40kgの荷を背負っていて、なおかつそのうちの20kgは右肩に担いでいるのです。年に4度しか山行をしていない救助隊員が、ボッカ訓練をしたことがないと思われます。これは辛いものです。自分自身歩くことで精一杯なのは理解できます。40kgを背負い、そのうちの20kgを右肩に担いで5分間歩いてみて下さい。このアンバランスな姿勢は、身体への負荷は40Kg以上のダメ-ジとなるのです。少しの装備(ザック2個と水の入った2Lのペットボトル20本)と5分間の時間があれば経験できますので、裁判官みずから試みてほしいと思います。女性の裁判官は筋力が強ければ良いですが、ペットボトル5個くらいからのトライが良いでしよう。登山をしたことのない男性の裁判官であれば、登山愛好者や山岳救助隊の活動の一旦を体験することができるでしよう。ヒマラヤの登山隊の荷物を担ぐ、職業としてのロ-カルポ-タ-の仕事が体験できます。歩き始めてからの状況には、荘司部長以外の隊員には事情があって理解できますが、歩き始める前にどうして松本小隊長が「荘司部長、コンパスを見ながら東方向に進め」と指示しなかったのだろうか。雪庇の危険を回避するために必要だったのです。荘司部長も、松本小隊長の指示がなくとも、コンパスを見なければならなかったのです。結果二重遭難に到ったのですから、その責任は重大です。

 酷な指摘ですが、非常に辛い姿勢で、担いだことがない程の荷物を背負っていた松本小隊長が、一回か数度コンバスを見て「歩いている方向が違うから、もっと左側に向きを変えて歩け。90度左に、45度左に歩け」と指示をしなければならなかったのです。「修正の指示はしていない」と証言しています。雪庇の危険を回避するために修正の指示が必要だったのです。

 他方、9合目付近の雪上車の位置を松本小隊長は次のように証言しています。「GPSで落としたポイントを地図で確認し、雪上車の場所が東方向にあると確認しました。」

 

 松本小隊長の証言は正当でしようか。乙36号証の地形図を見てみます。

 

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   夏道沿いの9合目と、雪上車の待機場所が一緒の位置でないことが分かります。標高差は10m程ですが、距離は50m以上離れているのです。雪上車から歩き始めてからの位置は、GPSに記録が残っていません。コンパスで東方向に真っすぐ進んだとしても、視界10mでは雪上車を見つけるのは困難なのです。風上側では雪上車のエンジンの音も聞こえず、通り過ぎてしまうでしよう。そもそも、9合目付近に雪上車を見たと証言していますが、地形図には9合目と書いている訳でもなく、印もありません。実際にはどうだったのでしよう。夏道は地形図に標示されていますが、積雪で見えませんから、どこだか分からないのです。9合目の標示は、地形図にありませんので、どこが9合目か判断できず、確認もできません。

 

6.ロ-プ結びとアンカ-の取り方

 松本孝志証人

斉藤被告代理人の問 14ペ-ジ8行目~21行目 そのハイマツの太さですが、何セ

  ンチぐらいのものでしたか。

 証言 幹が5センチ、枝が3センチぐらいだったと記憶しております。 

 

問 その太さで十分に荷重に耐えることができるんでしようか。

 証言 はい、できます。  

 

問 とうしてそのように言えるんでしようか。  

 証言 過去の山岳訓練等で同様ノハイマツを利用し、引上げの訓練とかを実施した経

  験があるからです。

 

問 ハイマツの固定を誰がどうやって行ったかについて説明してください。 

 証言 徳田隊員が持っていたウェビングという布状のテ-プで実施いたしました。

 

問 テ-プを固定する際、どのような結び方をされたんでしようか。

 証言 一回り二結びです。

 

問 なぜ、その方法が有効なんでしようか。

 証言 負荷がかかれば締まって結び目が締まるという特徴があるからです。

 

問 15ペ-ジ17行目~24行目 ストレッチャ-がハイマツから外れた原因は何で

  あると思いますか。

 証言 はっきりとした原因は分かりません。

 

問 枝が折れたのでしようか、それとも、枝が折れずに、そこに結束されていたテ-プ

  が外れたんでしようか。

 証言 どちらか判断がつきません。

 

問 外れたテ-プはどのような状態だったんでしようか。

 証言 一方が幹に結束されたままの状態になっており、もう一方は垂れ下がった状

  態、結び目が残っている状態であると聞いております。

 

難波原告代理人の問 49ペ-ジ5行目~17行目 先ほど、ハイマツの固定につい

  て、ハイマツがピッケル等より安全だと、確実だということで使ったということで

  すけれども、今回のは、1つでも外れると、そのまま落下してしまうような結び方

  でしたよね。 

 証言 はい。

 

徳田夏樹証人

斉藤被告代理人の問 9ペ-ジ9行目~10行目 どうしてそう言えるんでしようか。

 (幹と枝に結んだウエビングでストレッチャ-が固定されたか)

 証言 ウエビングの左右が、均等にテンションが掛かっていました。 

 

市川原告代理人の問 17ペ-ジ19行目~20行目 何のしまりが増すのですか。

 証言 ウェビングの結び目のことです。

 

問 19ペ-ジ5行目~18行目 だけど、結果とし落ちているから、あなたの確認が

  どうだったかを聞いているんですよ。じゃ、これに対して、一回り二結びではなく

  て、山に登る人がよくやるような締め方で、引っ張れば引っ張るほど対象物にぎゅ

  うっと締まっていくという締まり方があるのは知ってます。 

証言 はい、他の結び方があるのも知ってます。

 

問 何という結び方ですか。

 証言 ・・・たくさんあるんですが。

 

問 そのたくさんある中で、本件で、なぜその縛り方を取らなかったんですか。

 証言 ふだんから、一回り二結びを使っていました。

 

問 大して締まらない、あなたの言い方でも、ある程度しか締まらない締まり方で、テ

  ンションが掛かれば掛かるほどハイマツにぎゅっと締まっていく締まり方を知って

  いながら、あなたはその縛り方をしなかったんですね。いいですね。

 証言 はい、それで十分だと思います。

 

 この救助隊がアンカ-のハイマツに結束した、ロ-プの結び方は一回り二結びでした。通常、救助隊の行動は常に進みつつ行動している訳ですから、結び目が締まり解けにくいロ-プワ-クは使用しません。消防の消火作業やテント設営の時には、鎮火してから、又はテント撤収時に結び目を時間をかけて解いても良いので差しさわりがありませんが、救助中に使用する結び方ではありません。そして、一本のウエビングの結び方は、独立した一個のアンカ-の2点に結び付けなければなりません。なぜなら、片方が解けるとストレッチャ-との結束も解けてしまいます。使い慣れている結び方で他の結び方ができないのであれば、アンカ-のハイマツの幹に一本のウエビングで2ケ所、別のウエビングを使用して枝に2ケ所、片方の支点が使えなくなっても、もう片方が有効になるようにセットしなければなりません。そもそも、複数のアンカ-を使用してビレ-(確保)をするのであれば、一本のハイマツの幹と枝を使うアンカ-の取り方は間違っています。複数のアンカ-をビレ-に使用する場合は、2本のハイマツを見つけて使わなければなりません。なぜなら、幹が折れたら枝に結わえたウエビングの効果もなくなるからです。正式なアンカ-の使用方法は、個々に独立した複数の支点(アンカ-)から、個々に独立したスリング(ウエビング)を使用するのが原則なのです。この原則は、自ら危険を作り出さないためのものです。ハイマツが1本しか見つからないのであれば、他のメンバ-のピッケルや自分のシャベルをアンカ-にできます。  

 ここで通常の登山や救助での方法を紹介しましよう。通常はスリング(ウエビング)は事前に輪にして使用します。なぜなら行動中は結ぶ・結び目を解く、の時間を節約するからです。テ-プを輪にする結び目は、テ-プ結びです。ロ-プを輪にするにはダブルフイッシャ-マン結びです。輪にしたスリングをカラビナを利用してストレッチャ-などに連結しビレ-(確保)するのです。救助隊は3枚のカラビナを持っていますので活用できたのです。カラビナは安全管などが付いた、カラビナが開かないものを使用します。輪にしたスリングは一回り二結びのロ-プワ-クができませんから、ブル-ジック結びをするのが一般的です。テンション(加重)をかけると幹を締め付けて移動しなくなる結び方です。解くのは簡単です。普通はビレ-自体は危険ではないのです。今回のビレ-方法とアンカ-の取り方は、普通の登山者や救助隊員には、どの様に考えても、思いもつかないやり方です。危険のない場所で、自ら危険を作り出す行為には、理解に苦しみます。

 

ビレ-のためのアンカ-の取り方とスリングの使用方法、及びロ-プの結び方--写真

 

 

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 ブル-ジック結び                          

写真撮影のため、ロ-プは短めを使用   

 

 

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それぞれ独立したアンカ- ・ 木の幹とピッケル

それぞれ独立した、赤と青のロ-プスリング

 

 

 私の経験をお話しましよう。1991年2月のことでした。岩内町雷電海岸の山側に屏風のように立ち上がっている岩場があります。冬季間、登山愛好者のアイスクライミングの場になっています。夏に水が流れ下るルンゼ状が、冬には凍りつき、ほとんど垂直の氷の滝になるのです。通称2ルンゼで、ロ-プをフイックスして、荷上げの訓練をしていました。ロ-プで2ピッチの約80mの滝を登りきり、次の登攀者を待っていた時でした。突然、自然発生の雪崩が私に押し寄せたのです。その場は、ほとんど斜度のない数十mのテラス状の安全な場所でした。私は、近くに生えていた直径3cmほどの小潅木の幹に、4mのロ-プを輪にしたロ-プスリングを、その小潅木にブル-ジック結びにし、自分のハ-ネスにカラビナでつないでおいたのです。ヒマラヤ遠征の訓練だったので、登山隊員が上にも居て、「雪崩だ-」の声で振り向くと、と同時に大量の雪が私を通り過ぎていったのです。普通、雪崩はそこに居る人を捲き込んで、一緒に流されますが、私は自分自身が動かないようにセルフビレ-(自己確保)していましたので、流されませんでした。流されていたなら、80mのダイビングでした。捲き込まれていた最中のことは、気を失っていたので、痛さもなにも分かりません。気が付いた時は一瞬何があったのかも分かりませんでした。ただ、直径3cmの小潅木の表皮が、ブル-ジック結びで絞められ10cmほどがむけていました。セルフビレ-を取らなくとも良い場所でしたが、私はロ-プを使用する登攀中や危険箇所の行動中は、いつどこでもビレ-を取るくせをつけていたのが幸いでした。肋骨の骨折と、頚椎の上から5番目と6番目の右後がつぶれました。2ケ月間入院など、後遺症に悩まされています。パ-トナ-は以後車椅子生活です。自分の出合った事故をお話しするのはお恥ずかしい限りです。

この件に関しては、この救助隊が重大事故の発生要因を自ら作り出していたのです。

 

7.危険の予知とその回避の義務

 松本孝志証人

斉藤被告代理人の問 9ペ-ジ25行目~26行目 それはどうしてですか。(北東方

  向に進むよう指示)

 証言 南側に崖があることを、前日の訓練で知っていたからです。

 

問 15ペ-ジ1行目~7行目  ハイマツへウェビングを結んだ後、どのようにされ

  ましたか。

 証言 ストレッチャ-がしっかりと固定されているかどうかを確認するため、3人と

  も手を離して数十秒間、ストレッチャ-が固定されていることを目視で確認しまし

  た。

 

問 あなたはその後、どのような指示をされたんでしようか。

 証言 梅川隊員は稜線の岡本隊員と交替するようにと、私と徳田隊員は、その場から

  約50メ-トル下にあるザックの回収に向かいました。

 

問 15ペ-ジ13行目~16行目 ストレッチャ-から一時的に離れても問題がない

  とお考えになった理由を説明してください。

 証言 手を離したときにストレッチャ-がしっかりとした状態で固定されているのを

  確認したためです。

 

市川原告代理人の問 36ペ-ジ16行目~22行目 で、隊員に方向について指示な

  り修正をしたということはありますか。

 証言 修正はしていません。

 

問 ということは、指示してないのですね。

 証言 はい。

 

問 そうすると、あなたとしては、コンパスを見て、真っ直ぐ東に進んでいると思った

  ということですね。

 証言 はい。

 

問 37ペ-ジ11行目~26行目 だから、そういうことを何回かやりましたか。あ

  なたが止まって、前に進んでいくのを確認して、前の4人はどっち行ってるから大

  丈夫だとか、確認はしてましたか。

 証言 はい、数回しました。

 

問 で、修正もしないんだから、そのまま正しいと思ってたんですね。

 証言 はい。

 

問 それから、ここに雪庇があるということは、あなた自身も熟知していたんですね。

 証言 はい。

 

問 あなたが出発した位置から雪庇までは、どのくらいの距離があったと思ってました

  か。

 証言 おおむね50メ-トルくらいあったと思います。

 

問 雪庇の方向は。

 証言 ・・・・南側又は南東方向、こちらの方向です。

 

市毛原告代理人の問 46ペ-ジ26行目~47ペ-ジ8行目 ザックを二つ背負って

  いたんですか。

 証言 はい。

 

問 片方ずつ。

 証言 自分の荷物はしっかりと背負って、彼の荷物は右肩に担ぐような状態だったと

  思います。

 

問 2つ合わせてどのくらいの重さだったんですか。

 証言 35から40キロ近かったと思います。

 

問 それは2つということですね。

 証言 はい、合わせて。

 

瀬戸裁判官の問 50ペ-ジ4行目~9行目 ハイマツに固定したときに、手を離した

  状態でしっかりと固定されていたとのことでしたが、ロ-プの長さが左右で違った

  と思うんですけれども、どちらか左右に傾いたりした状態で固定してたんでしよう

  か。

 証言 ストレッチャ-の上のほうが、おおむね左のほうに傾いている状態だったと思

  います。

 

鳥居裁判官の問 50ペ-ジ19行目~24行目 どうしてそういうふうに言えるん

   でしようかね。(遭難者を発見した地点から雪庇のある方向について)

  証言 前日の訓練等でも、その山の地形を把握しておりましたので、そこに雪庇が

   あること、崖があるということを判断していたからです。

 

問 距離はどのくらいか、距離感も、大体正確なところは認識されてたんですか。

 証言 はい、GPSでポイントを落とした地点から、すぐ近くのほうには崖があると

  いうふうに認識してました。

 

裁判長の問 51ペ-ジ25行目~52ペ-ジ6行目 遭難者と隊員と一緒に一回滑落

  しましたね。で、それを引き上げる作業をしたんだけれども、隊員の疲労度も激し

  かったんで交替するということで、ハイマツに縛り付けたということだったんです

  けれども、藤原さん自体は1人で残した形になっているんですか。

 証言 ハイマツに固定したとき、はい、そうです。

 

問 要するに、隊員からすると、藤原さんからは一旦目を離したような形になったとい

  うことなんですね。

 証言 はい。

 

鳥居裁判官の問 52ペ-ジ19行目~25行目 雪庇を踏み外して落ちましたよね、

  その後の藤原さんの容体というのは、初めの容体よりも悪くなってましたか。

 証言 はい、悪くなりました。

 

問 かなりと聞いていいんですか。それとも、多少というくらいの感じでしようか。

 証言 徐々に悪くなっていき、時間の経過に従ってどんどん悪くなっていきました。

 

徳田夏樹証人

斉藤被告代理人の問 9ペ-ジ4行目~6行目 ハイマツへウェビングを結んだ後、ど

  うされましたか。

 証言 小隊長の指示で、ゆっくりと手を離して、荷重が掛かるのを確認しました。

 

問 9ペ-ジ11行目~14行目 ストレッチャ-自体の固定後の体制は、どのように

  なっていたんでしようか。

 証言 頭部が若干左に傾いているような状況でした。

 

問 そのようにちょっと傾いていても、大丈夫でしたか。

 証言 はい、大丈夫です。

 

市川原告代理人の問 13ペ-ジ19行目~21行目 じゃ、ぶれているたびに、松本

  さんは指示したんですか。全体の一団となった集団が風でぶれた、すぐ指示があっ

  たんてせすか。

 証言 はい、その都度指示がありました。

 

裁判長の問 25ペ-ジ8行目~12行目 突風が吹くと、風にあおられて体が揺れて

  しまうとか、足下が一、二歩なりとも風下のほうに動いてしまうというようなこと

  はなかったんですか。

 証言 強い風を受けている感覚はありました。

 

問 だけれども、真っすぐ歩いていられたということですか。

 証言 はい。

 

 梅川康晴証人

斉藤被告代理人の問 9ペ-ジ26行目~10ペ-ジ2行目 十分に固定していること

  を、どのように確認したんでしようか。

 証言 結束した後、ストレッチャ-から手を離して、ウエビングに均等にテンション

  が掛かっているのを確認しました。 

 

今橋原告代理人の問 17ペ-ジ14行目~17行目 例えば、地面を少し平らにしい

  みるとか、あるいは、すぐに滑り出さないように、斜面に対して横向きに置くと

  か、そういうようなことはしていないんですか。

 証言 していません。

 

問 19ペ-ジ11行目~19行目 結局、落ちちゃったけれどね。

  先ほど、ストレッチャ-を引き上げているという状況のときのことです。あなた

  は下から押していました、そして、非常に疲労してしまったので、上に残ってい

  た岡本隊員と交替することにしましたということでした。あなたは、そんなに疲

  労していたんですか、その時点で。

 証言 はい。

 

問 まず、診断書なんか出ているんだけれど、頚椎捻挫という診断書が出ていたのか

  な、それから、凍傷ですという診断書も出ていたんだと思うんですけど、そうい

  う体にダメ-ジのある状態でしたということなんですか。

 証言 はい。

 

 登山中の危険は、リ-ダ-やメンバ-が予測して、事前に、登山計画時に知る必要があります。危険の予知のことです。登山計画中に転滑落の危険場所や風雪やカミナリなどの天気予報の確認などです。そして、救助隊は当然山に登るのですから、この登山中の危険を回避する計画が必要となります。山岳救助活動では、救助隊の安全な救助活動のためと、遭難者の安全のためにも必要となるのです。登山者も救助隊も事前の予知を心がけなければなりません。入山したことのない山岳など、全く事情の不明な山域には偵察山行を行わなければならない場合もあります。事前に危険を予知しないことは、危険を回避しなかったことと同様に過失が問われます。そして、リ-ダ-はもとよりメンバ-も危険を回避する行動が求められます。リ-ダ-はパ-ティ-全体の安全を確保し、メンバ-はリ-ダ-の指示に「協力的に従う」ことで安全を確保するのです。「協力的に従う」は、メンバ-シップのことですが、山行の目的にあった指示に従うことと、目的に反するリ-ダ-の指示には、目的と合致しないので従えないことをリ-ダ-に意見することも指します。例えば、一つのパ-ティ-が登頂目的の山行をする時。岩場のル-トと岩のない比較的安全な2ル-トの山域で、岩のないル-トの登山計画で入山するとします。ですが、登山途中に、急にリ-ダ-が「岩ル-トを登る」と指示した場合などです。計画と違うル-トですから、当然岩用の装備がありません。この場合、メンバ-はリ-ダ-に「計画変更は装備の不備もあり、予定通りに岩のないル-トを登るべき」と意見を言えるのです。これが「協力的に従う」の範囲内の発言なのです。

 又、メンバ-はリ-ダ-の指示がなくとも、積極的に安全確保の行動をしなければなりません。リ-ダ-シップとメンバ-シップについての知識も、学習しなければ身に付きません。

 登山や救助活動は、知識の学習や、知識などを経験するこから身につく技能が求められます。社会一般に開催されている学習会や講習会・安全セミナ-などに積極的に参加して、短時間で知識や技能の習熟度が濃く身に着ける様努めたいものです。最初は誰でも一年生です。経験を積んだベテランから習うことが求められます。

 今回の遭難者発見時の状況は、救助隊員がまず遭難者が低体温症であることを確認しています。低体温症の学習を10回以上している隊員がいるのですから、知識として「しなければならないこと、してはいけないこと」は判っていたはずです。低体温症の危険を認識していたにもかかわらず、チョコレ-トなどを食べさせていません。保温処置もしていません。雪庇まで50mを5分掛かっていますので、600mで最低1時間は風雪の中を歩かせることになったのです。滑落後、症状が悪化したのは、歩かせたためだったのかもしれません。

 雪庇の危険と回避の義務について述べます。雪庇の存在と雪庇危険度は救助隊員全員が認識していました。遭難者を発見して、救助隊員だけの安全確保ではすまされない事態でした。私の第一回目の「意見書」でも触れましたが、やむなく雪庇などの危険箇所を通過しなければならない場合は、メンバ-同士が互いにロ-プを結び合う方法を取らなければならなかったのです。そのためにロ-プを持参しているのですから。

 リ-ダ-はリ-ダ-シップを発揮して安全な救出をしなければなりません。コンパスを見るのが松本小隊長一人でした。5人全員にコンパスを見て東方向に進むように指示しなければならないかったのです。実際には、身体が比較的自由な先頭の荘司部長だけがコンパスを見れたのかも知れない状況でしたが。松本小隊長以外の4人の隊員も、指示がなくともコンパスを見れるようにしなければならなかったのです。歩き始めてからは、松本小隊長以外の隊員は、松本小隊長の修正指示を聞いたと証言しています。松本小隊長は出発時に指示しただけで、途中一度も修正指示をしていないことを証言しています。本人が修正指示をしていないと証言しているのですから、それが正解なのでしよう。証言内容からは、雪庇の危険を回避する行動を取るどころか、危険を知りつつなにもしなかったことが分かります。登山者や登山団体の訓練では、コンパスの使用練習も大切です。デジタルのGPS、アナログのコンパスと言えますが、GPSを持っていない場合や電池切れの場合などコンパスが頼りです。訓練では、例えば真東に向かうのであれば、コンパスを手に持ち、東方向が身体の正面にくるようにします。そして、真っすぐ進むのです。少しでも正面から外れていると、最初は進むずれも少しですが、何百mも進むうちに修正できないほどのずれになるからです。なかなか方向が真正面になるようにはできないのです。これは訓練が必要です。通常、コンパスは南北を指す針は確認できますが、東西方向には針がなく、分かりにくいのです。私は雪崩講習会で雪崩ビ-コンの操作を教えています。デブリ(堆積雪)に埋まった遭難者の発信ビ-コンの電波を、捜索者の受信ビ-コンで捜索する訓練です。この時もデジタルの受信ビ-コンの指す矢印を正面にするように指導します。ビ-コンはコンパスと異なり電波の受発信機ですが、その電波も最初に捉えた時に、少しでもずれると電波の受信精度が低下して迅速な捜索に支障にをきたすからです。コンパスとは異なりますが似たところがあるのです。この矢印を正面にするように指導するところが講習会のポイントになるのです。次に、コンパスを使用して10分歩いたら500m進む、というように速度を知っていなければなりません。最後に、目的地に接近したと思われる経過時間には、最初隊列を縦に一列縦隊で歩いていたのを、横並びに変えなければなりません。目標物の雪上車は、視界10メ-トルなら、歩いている救助隊員から20メ-トルもずれていたなら見つからないからです。横並びも各自の間隔を広く取らなければならないのです。30メ-トル間隔で打ってきたデポ旗の方が、雪上車一台を見つけるよりも容易なのです。デポ旗設置の目的から言っても、雪庇の危険を回避できる方法があったのです。救助隊員は、デポ旗が雪上車よりも見つけずらいと証言していますが、科学的ではありません。ここのところの判断と決断が、この救助隊の一番の間違い、と指摘しておきます。

 改めて、GPSとデポ旗、そしてコンパスの三者の使用を比較してみます。GPSは、経過記録を落としていないので使用できません。コンパスを使用しての東方向への歩行は、風雪があり、東方向へ向かって平行に存在する南側の雪庇の危険が続きます。そして、目標とする雪上車の位置が9合目付近からかなり離れています。視界10mの猛吹雪では600m先の雪上車へ行き着くことはできないと断定できます。デポ旗は、救助隊員自らが一時間少し前に設置してきています。デポ旗のある方向へは、最短の到達方向が北東方向なので、雪庇からは徐々に遠ざかり危険を回避できます。最良の方法は、デポ旗に向かうべきだったのです。この救助隊は最悪の方法で進んだことになります。雪庇の危険を認知していたのに、なんの回避行動を取らずに雪庇から転滑落したのです。それも遭難者を捲き込んでの二重遭難でした。

 この救助隊の行動についての私の意見は、予知していた危険を回避しなかったことから、この二重遭難発生までの説明でほぼ出尽くしたと言えます。しかし、重大な過失の連鎖についても触れない訳にはいきません。

 遭難者と共に転滑落した救助隊は、スケッドストレッチャ-引上途中、隊員の疲労困憊で引上者の交替が必要になりました。そして、スケッドストレッチャ-を一定時間一ケ所にビレ-(確保)しておくことになったのです。ハイマツの幹と枝に、一本のウエビングというテ-プスリングを使用して、それぞれの端を一回り二結びしています。まず、ストレッチャ-を斜度40度の斜面に吊り下げたままにしておく危険がありました。なぜストレッチャ-を横に置かなかったのでしよう。遭難者をストレッチャ-に括り付ける時には、ストレッチャ-を横にして滑り出さないようにしていたのですから、できたはずです。なかなかストレッチャ-をどうするこうするということなので、分りづらいので、人間に例えてみます。そこに居る人を寝かせてビレ-しておくとします。縦では人が滑り出すので横にします。横に寝かせれるように雪を少し踏み固めます。そして、人を横たえて、少し人(ストレッチャ-)を押し付けて雪に沈ませます。この沈ませ方の理由は、沈ませることでその人の形(ストレッチャ-の形)に沈み安定させることができるからです。これで、その人が動かない限りは滑り落ちることはありません。次にビレ-をハイマツと、ピッケルかシャベルを利用して、独立した2ケ所のアンカ-に取ります。これで良く分かっていただけたでしようか。ストレッチャ-には生きている人間が乗っているのです。決して人を40度の斜面に吊り下げたままにビレ-をしてはいけないのです。

 

徳田夏樹隊員への質問と証言

斉藤被告代理人の問 9ペ-ジ4行目~6行目 ハイマツへウェビングを結んだ後、ど

  うされましたか。  

 証言 小隊長の指示で、ゆっくりと手を離して、荷重が掛かるのを確認しました。

  

梅川康晴証人

斉藤被告代理人の問 9ペ-ジ26行目~10ペ-ジ2行目 十分に固定していること

  を、どのように確認したんでしようか。

 証言 結束した後、ストレッチャ-から手を離して、ウエビングに均等にテンション

  が掛かっているのを確認しました。

 

 ストレッチャ-から手を離して吊り下げ、結んだウエビングの締まりを見るなど、とんでもないことです。ハイマツとウェビングに荷重が掛かるテストに遭難者を使ったのです。テンションをかけるテストは、救助隊員がぶら下がるか引いて確認しなければならないのです。瀬戸裁判官が、ハイマツに結束したウエビングにストレッチャ-を固定した時、ストレッチャ-に結束しているウェビングの長さが異なるために、ストレッチャ-が傾いていることを指摘しています。通常は搬送するストレッチャ-を傾かないようにするのです。裁判官は危険な状態を指摘したかったのかも知れませんが、吊り下げたまま放置するのと同様です。生きている人間が乗っていることの認識に欠けています。

 

 最後に、遭難者を置き去りにして救助隊員全員が離れたことについて触れます。斜度40度の斜面に吊り下げて、全員が理由もなく離れたのは理解できません。ストレッチャ-が滑り出した理由が分からないというではないですか。三重遭難の発生でした。引揚者の交代や自分のザックを取りに戻ったことを、離れた理由にしています。それは隊員一人ひとりの理由で、合っているかのように思えますが、救助隊としては遭難者を保護した後は一人にしてはならないのです。隊員一人ひとりの理由が救助隊としての理由にはならないのです。勘違いしてはなりません。誰か一人を残して、引揚者の交代や自分のザックを取りに戻ることが可能なのですから。松本小隊長は、遭難者を残して全員が同時に遭難者から離れる指示をしました。松本小隊長の指示は間違っていたのです。その指示に無批判に従った隊員たちの行動は、メンバ-シップに欠けていたといえます。

 救助隊の行動原則があります。救助隊が遭難者を保護したら、以後離してはならないのです。救助隊の大原則が破られたのです。

 

おわりに

 私はエベレストなどの高峰が聳えるヒマラヤの国、ネパ-ルの首都カトマンドゥに借家暮らしをしていました。私自身の若い頃からの登山やトレッキングで通ったネパ-ルでしたし、たまたま私の女房が絵画個展の取材に毎年のように通ったネパ-ルとの縁があったからです。平成21年(2009年)10月、パ-ソナルコンピュ-タ-に日本から、私の二十歳前半から40年来の山仲間Hさんからメ-ルが入った。メ-ルは、Hさんの山仲間Tさんが職場を退職し、初めての海外旅行でネパ-ルの山々を観に行きたいが、ネパ-ル滞在中の面倒をみてほしい、とのこと。早速Tさんにメ-ルで「ヒマラヤの何処をトレッキングしたいのか、大まかな希望の計画だけで、詳細はカトマンドゥ着後に私とエ-ジェント(旅行・登山・トレッキング関係の代理店)などと相談して決めましょう。かさばる寝袋などはレンタルできるので持参しないように、との指示をして、顔も知らないTさんをトリブヴァン国際空港の搭乗者出口に〝歓迎Tさん〟の大きな紙を持って待っていたものです。幸いに私の借りていた家は、寝室2部屋・バストイレ2部屋の比較的大きく、Tさんは快適にカトマンドゥ滞在することができたと思っています。そして、私がカトマンドゥ市内で、家族同士のお付き合いをしている何人かのエ-ジェント業を営む社長(ゼネラルマネ-ジャ-)さんが居て、その一社のネパ-ル人社長に、Tさんのトレッキングを引き受けていただいたのです。Tさんは、一ル-トのトレッキングの予定が、一度カトマンドゥに戻って、二ル-ト目も無事に歩き通したのです。

 Tさんとカトマンドゥで食事しながらの話題でした。Tさんは、日高のグレ-ドの高い沢を遡行したりしている登山者で、山岳会会員でもあるクライマ-でした。私の「どうして職場を退職したのか」の問いに。Tさんが退職した職場は北海道警察で、山岳救助隊の隊員だったのです。2009年7月16日のトムラウシ山での1パ-ティ-18名中8名低体温症死亡事故時にも出動したとのこと。この就職難の時代にどうして道警を辞めたの、との問いかけには、次の話を語ってくれました。趣味として休日の登山をし、山岳会にも所属している。しかし、休日の過ごし方には職場の規則があり、携帯電話での連絡範囲での行動制約がある。又、救助隊員なので出動命令があれば、山行中(登山のことを山行と表現)に下山して出勤しなければならない。せっかく山岳会の会員になっているのだから会員同士の山行をしたいが、山行途中で一人だけ下山できないので、仕方なく単独行が多くなってしまう。行く山やル-トも自由がない。趣味よりも職場優先なので仕方のないこと。要するに、休日の山行を享受できない情況を語ってくれました。私は自分の生活と職場を、どちらが優先などと考えないので、まじめな青年のイメ-ジでした。登山を享受できる職場に再就職するために、北海道警察の警察官を退職した、とのことでした。私は、北海道警察の警察官の、一人の市民でもある警察官のささやかな趣味が楽しめない職場環境を知ったのです。

 積丹岳事件の道警救助隊5名の隊員の行動や証言からは、登山や山岳救助の基本的な知識と技能が身についていないことを窺い知ることができました。アンカ-や支点の取り方、ロ-プワ-ク、GPSやコンバスの使用方法、そして山岳救助隊の基本方針や思考方法など、登山と救助の知識と技能が普通レベルに達していない現状が多く見られました。登山愛好者の居ない職場で、山岳救助隊の組織を維持することが、果たしてできるのでしようか。

 北海道警察の職場の中に登山愛好者が居る。このことは、登山の知識や技能を持つ者が職場の中に居て、「登山の知識や技能」に関しては特別な訓練をしなくとも救助隊隊員としての資格者が居ることなのです。山岳救助隊員は山男山女でなければならないとする国際基準にも合致します。北海道警察の業務としての救助隊活動、そして業務としての救助訓練などの救助隊員を育てる活動、しかし登山生活を享受できない職場環境の矛盾がここにはあるように思われます。将来の希望に燃えながらも職場を退職せざるを得なかった若いTさんは、登山の知識と技能に関してはおそらく積丹岳救助に出動した5人の隊員以上でしよう。山岳や海などの災害時に必要な、特務中隊での年2回の救助訓練と、救助隊での年2回の救助訓練しか登山をしていない5人とは、登山の知識と技能は雲泥の差でしよう。救助訓練のみで、普段登山をしない救助隊員は、長期間登山していて身に付くような技術の取得が困難なのは分かります。しかし、登山技術である「目標物を目視できない場合の歩行技能」などの多くの技術は、救助隊員が身に付けなければならない必須の技術でもあるのです。救助隊員が一生懸命に保護した遭難者を、登山技術がなかったことで危険に遭わせてはなりません。

 私はひとりの北海道民として、北海道警察山岳遭難救助隊が北海道民の命と財産を守る立場で、今後も活動を行ってほしいと願うものです。そのためには、ぜひ職場環境の改善をと希望しております。