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おめでとう山野井泰史さん、フランスの第13回ピオレ・ド-ル生涯功労賞受賞

あの山野井泰史さんが、登山界の国際最高賞のピオレ・ド-ル賞を受賞した

 10月27日、フランスのピオレ・ド-ル事務所は、日本のソロ・クライマ-で誰もが知っている山野井泰史さんの第13回ピオレ・ド-ル生涯功労賞を発表。フランスで11月27日に授賞式行われた。

 ピオレ・ド-ル賞は、和訳すると「金のピッケル賞」で、登山界のアカデミ-賞と言われ毎年世界の困難な優れた登攀へ贈られている。フランスの山岳雑誌「モンタ-ニュ(Montagnes)」と「グル-プ・ドゥ・オ-ト・モンタ-ニュ(Groupe de Haute Montagne)」が主宰し、1991年に創設。

 生涯功労賞(Lifetime Achievement Award)は、2009年に新設された「アルパインライミング界での著しい功績と、その精神が後進の育成に大きな影響を与えた」ことを評価、国際的なクライミングのレジェンドの仲間入りを認められたようなもの、これまでイタリアのワルテル・ボナッティ.イギリスのダグ・スコット.やクルト・ディムブルガ-.やラインホルト・メスナ-など、過去12人の受賞者がいる。

 山野井泰さんの登山歴は、インタ-ネツトで検索できるはず。ご本人の話では、13歳の時にフランスの登山映画を見て、登山をするきっかけになったそうな。

 わたしは、ご本人の山野井さんと会ったのは、北海道勤労者山岳会の創立周年記念行事の40年記念講演会にお呼びしたときが最初。その後、わたしはネパ-ルのカトマンドゥ暮らしをしていて、その借家の私の居ない時に、山野井さんご夫婦がその借家を使用してヒマラヤ登山、その後にわたしのカトマンドゥの友人宅で一緒に食事をした。

 わたしは、13年前からネパ-ルで生活してる。フラットの借家を借りて首都のカトマンドゥ暮らしだが、ネパ-ルのビザは最長で5ケ月間しか取得できないので、7ケ月間は誰も住んでいないことになる。合鍵をカトマンドゥに置いてあったので、山仲間の登山隊や、ネパ-ルヒマラヤの北壁などの登攀する若者たちが、わたしの借家を使っていた、のだ。

 わたしのフラットの鍵を預けてあったエ-ジェント業の友人の話では、登攀の若者の半数くらいは宿泊に使用していたらしい。山野井泰史・妙子夫妻や中川博之・愛夫妻を含めて顕著名なクライマ-達だ。若者たちは日本に帰着して「フラットを使わせてもらいました」のメ-ルが入っていたもの。フラットは、ベットル-ム二部屋・自炊のできるキッチン・ダイニング・居間と風呂トイレが二部屋の五つ星フラットなのだ。

沢木耕太郎の著書「凍」

 山野井泰史さんと奥さんの山野井妙子さんの登攀は、沢木耕太郎さんの著書「凍」でも読める。2005年9月30日発刊の「凍」は、2002年ポストモンス-ン季に中国とネパ-ルの国境に聳えるギャツュンカン7952mの北壁登攀の記録。下山途中に妙子さん滑落で、ロ-プにぶら下がっている妙子さん救出劇のノンフイクション。生死の瀬戸際で手足の凍傷で10本の手足指を失う。山野井さんは、朝日スポ-ツ大賞と植村直巳冒険大賞を受賞。

山野井さんご夫婦と食事

 山野井夫妻は仲の良いご夫婦で、10年前くらい前の山野井さんのヒマラヤ下山時に、わたし夫婦とカトマンドゥで食事を一緒したときは、車の経費以外は一か月3万円くらいで生活してる、と質素生活が話題になった。その時のヒマラヤ壁登攀は、登攀途中で撤退。山野井さんソロ・クライミング中に上部を見上げると90度垂直より被って懸垂氷河(ハング・グレッシヤ-)があり、簡単に諦めた、と。今まで退敗や撤退時にはいろいろと考えたが、今回はただ良かったとだけ思っている、とのこと。鼻の穴の開通の話も。東京の奥多摩の山の中の家周辺でランニング・トレ-ニング中に熊に遭遇。格闘して鼻を噛まれ重傷。この熊に噛まれ、鼻の孔が詰まっていて息ができなかったが、ネパ-ルに来る少し前に鼻の穴の手術して、ようやく鼻で息ができるようになった、とのこと。

山野井妙子さんのこと

 今回のピオレ・ド-ル授賞式がフランスで行われたが、受賞決定の前から妙子夫人と友人との約束があって、友達との約束優先のために奥さんの妙子さんは授賞式に同行されなかった、とのこと。

 奥さんの(長尾)妙子さん遭難の一報は、わたしが1991年ポストモンス-ン季にネパ-ル・アンナプルナ8091m北面登攀北海道隊で、ベ-スキャンプで聞いたNHK短波放送だった。10月7日、中国とネパ-ルの国境に聳えるヒマラヤのマカル-8481mに二人て無酸素登頂に成功。下山中に風雪に巻き込まれ8100mで二日間ビバ-ク。もう一人の男性は凍死。妙子さんは、凍傷により手の指を第二関節から先の全てと、足の指8本を切断。これで、夫婦二人の手足40本の指のうち28本がないが、泰史・妙子夫妻は普通の生活をしてる。

カトマンドゥの友人宅で 右 山野井妙子・泰史さん夫妻

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モンベルカトマンドゥ店前

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日本料理店

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沢木耕太郎さんの著書「凍」

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北海道勤労者山岳会創立40周年記念講演会 山野井泰史「挑戦への軌跡」

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