ネパ-ルの楽しいトレッキング 第50回

ネパ-ルの楽しいトレッキング その五十回目

エベレスト街道・トレッキング(ソルク-ンブヒマラヤSol  khumbu)の十一回目

 前回は、「ロ-カルポ-タ-とハイポ-タ-」、「ガイトよりも高給のポ-タ-」「高度順応と高度順化」などのネパ-ルヒマラヤトレッキングについてのことに触れてみた。

今回は多くのトレッカ-が高度順応のために、連泊して4千m以上の高度を楽々と歩けるように滞在するナムチェバザ-ルを写真で見てみる。

 

ロ-カルポ-タ-の雇用はオプション

前回の「ポ-タ-」で云い忘れたこと

 日本国内で募集しているネパ-ルヒマラヤ・トレッキングの代金には、ネパ-ルで雇用するポ-タ-の賃金は入ってない。

 日本人のヒマラヤ・トレッキングは、安短(あんたん)が普通。より安く、そして職場の休暇が短く、そして欲張って楽しいトレッキング。これが落とし穴になっている。募集している間に決定している空港使用料などが、トレッキング代金に入っていない。

そして、現地で雇用するポ-タ-の賃金も入っていないのだ。トレッキング代金を安く見せる方法なのだろう。

 高度が3500mを超えるトレッキングでは、高度順応が必ず必要になる。単に高度順応と云うが、ヒマラヤ登山やトレッキングを何回も経験して、初めてその知識や順応方法を知り、身に着く。個人差もあって、一概に多数が一緒の方法とは限らない。

 昔、登山隊員にベ-スキヤンプまでのキャラバン中に、20kg以上のザックを背負わせたボッカを強いた登山隊があった。登山隊長の知識として、ボッカが順応の近道との認識だったのだ。これが大失敗だった。

 気圧や酸素が少なくなる環境に身体を置くのだから、より多くの空気を吸い多くの酸素を肺に入れなければ身体が動かなくなるのは、誰にでも理解できるだろう。その反対の行動を登山隊員に強いた。トレッキングでも、より軽やかに、背には必要最低限の物を入れたザックにしなければならない。

 日本の旅行業者の企画するヒマラヤ・トレッキングは、出発地で自分の荷物を背負うポ-タ-を雇用するのは、参加者の任意になっている。オプションなのだ。安かろう悪かろうの典型と云える。

 日本国内の登山では、楽々と20kg以上の荷を担いで登山している人が多い。その延長でヒマラヤ・トレッキングに行くのは大間違い。空気の少ないヒマラヤで、ヒ-ヒ-云いながら歩き、安いトレッキングを望んでいる人は、途中で高度順応に失敗して一人、バティに取り残されて他のメンバ-から置いてけぼりにされる。高山病で死ななかっただけでも良いとしなければ。

カメラとカサだけとはいかなくても、ポ-タ-を雇ってなるべく多くの荷物を担いでもらおう。

 

ナムチェバザ-ルより上部の地形図

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ナムチェバザ-ルの町Namche bazar  とクワンデ峰Kwande6011m(6186m)

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夜明け前

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クワンデ峰北壁

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ナムチェバザ-ルの町Namche bazar

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ストゥパ(仏塔)とクワンデ峰

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ナムチェの町の上部 仏教

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町の上部の大マニ石 教文石

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町の上部には、墜落ヘリコプタ-・軍の施設とその上部にエベレスト登山博物館

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墜落し大破したヘリ

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町の中をヤクが通る 

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ネパ-ルの楽しいトレッキング 第49回

ネパ-ルの楽しいトレッキング その四十九回目

エベレスト街道・トレッキング(ソルク-ンブヒマラヤSol  khumbu)の十回目

 以前はエア-ポ-トのあるルクラから世界自然遺産エリア入口まで。そして前回はそこから高度順応のために連泊するナムチェ町までを見た。

今回は、ヒマラヤのトレッキングにつき物(者)のロ-カルポ-タ-を写真で見てみる。

 

ロ-カルポ-タ-とハイポ-タ-

ポ-タ-は、普通ホテルの荷物運びで知られている。ヒマラヤでも、同じ意味で呼ばれている。

 登山隊やトレッカ-が現地の出発地で雇用して、目的地まで荷物を運んでもらうのがロ-カルポ-タ-。ハイポ-タ-は登山隊が高地で、ベ-スキャンプから上部キャンプへ荷物を運んでもらうポ-タ-のこと。

 小人数のトレッキングでは、ガイドが一人しか居ないので、現地のポ-タ-だと荷物が目的地までしっかりと運ばれるかどうか心配になり、ガイドがポ-タ-に付きっきりになる。ガイドの役割はお客様の現地ガイド。この様な場合は、カトマンドゥから知ったガイドをポ-タ-として同行する場合が多くなった。

 わたしはこの場合には、現地の出発地のプロのポ-タ-を雇わない。出発地でまずチヤ-など飲みながら、ガイドに地元の農家の息子や娘を探させ、トレッキング終了までの期間の雇用をする。若い現地の青年が、果たして荷物を担げるのかの心配が、実は杞憂なのだ。山岳の農家育ちの子供達は、幼少の頃から家の手伝いなどで、重量の重いものをドッコに入れて、日常的に生活として担いでいるのだ。

 プロのポ-タ-でないので、歩き始めても次の宿泊地目指して一人先を急いで行ってしまうことがない。わたし達とガイドと一緒の行動になる。わたしのトレッキングは、初めて訪れる村や町に見る物が多い場合は、宿泊の予定でなくとも一泊したり連泊する。ポ-タ-が一緒に歩いてくれるのが前提のトレッキングなのだ。ちょうど良い。

 農家は雨季が終わり、ポストモンス-ン季に入り、肥料を入れる仕事が残っている。だが、現金収入になり、プロのポ-タ-の専属仕事にありつけるのだ。嬉しくて、家族も喜んで送り出してくれる。

 わたしの雇用した農家の17歳の青年は、ナムチェの土曜バザ-ルで、家族の着る衣服を購入していた。勿論わたしが払う賃金で支払っていた。2840mのルクラで育った青年は、高度順化している。2840mが私たちの0mなのだ。目指す5550mまで、一切の高度順応がいらない。なんと羨ましい限り。エベレスト街道に定住しているシエルパ族が、現在でもトレッキングや登山のガイドをしている理由の一端が、この高度順化がある。

 

ガイトよりも高給のポ-タ-

 普通のロ-カルポ-タ-は、自分の食糧を持参で来る。お客の荷持つの上に自分の食糧を乗っけて、宿泊地のバティの台所を借りて調理している。

 ガイド達は、コック連れの場合はお客の食事の調理と一緒に食事を作る。バティなどに宿泊して、そこのレストランでの食事の時は、代金をお客持ちで定食(おかわり有りのダルバ-ト)を食べる。ゆえに、食事を自分持ちのポ-タ-の賃金の方が高くなる。

 わたしが今回雇った農家の青年ポ-タ-は、プロでなく食糧を持参できない事情で、ガイドと一緒の条件の賃金となった。

 トレッキング中のガイドとポ-タ-の宿泊費は、バティ(ロッジ)の食堂やガイド専用部屋に泊まるので、宿泊費はかからない。

 

 

高度順応と高度順化

高度順応と高度順化は、全くその意味は異なる。

 4千m以上の高地に行く場合、高山病に罹らないために高度順応が必要。軽い高度障害の症状が出るような歩き方で、高山病にまで至らない歩き方をする。一日の登る高度は500mを越えない。宿泊地に着いたら、そこ以上の高い所まで登って、引き返して寝るのが理想的な高度順応になる。気圧の低い、酸素濃度の低い場所に身体を曝して、寝るのはそこよりも気圧や酸素の濃い所。順応を早くできる。赤血球ヘモグロビンを急いで増やすのだ。気圧や酸素の濃い所に戻って寝ている間でも、低気圧や酸素濃度の低い場所に居て刺激されたことを、体が覚えているらしい。

 高度順化はわたし達にはできない。叶わない。高高度の所に、先祖代々から生活していて、その高度に順化した身体になっているのだ。

 

 ポ-タ-を写真で見てみよう。ほとんどのポ-タ-は竹を編んで造ったドッコを担いでいる。ドッコの後ろに輪になった一本のひもを掛け、自分の額に全重量のひもを掛ける。

女性のポ-タ-をシェルパニと呼ぶ。

 

ロ-カルポ-タ-とドッコ

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ドッコ

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肉を運ぶ 何kgだろうか

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一本とる休憩時は杖をドッコの下に立てかける

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ガスボンベのシリンダ- 中身の入ったシリンダ- 何kgか 

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女性のポ-タ-・シェルパニ ダウラ焚き木(松ポックリ)を運ぶ

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自分の食糧は荷物の上に

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ネパ-ルの楽しいトレッキング 第48回

ネパ-ルの楽しいトレッキング その四十八回目

エベレスト街道・トレッキング(ソルク-ンブヒマラヤSol  khumbu)の九回目

 このブログの前回までの3回分は、エベレスト街道のトレッキングが、世界自然遺産エリアの入り口にかかったため、ネパ-ルの世界遺産について写真で見てみた。チトワン自然遺産、ルンビニ文化遺産カトマンドゥ盆地文化遺産など。

今回からは、ネパ-ルの楽しいトレッキング・エベレスト街道に戻る。

エベレスト街道の世界自然遺産管理事務所チュモア(chumoa)2950mから歩きだし、今日の宿泊地ナムチェバザ-ル(namche)3440mを目指す。

 

隠れ場所から初のエベレストを眺望する。

 チュモアからドウドコシ川をつり橋で渡り、そして標高差600mの急な登りを歩き始めると、チョツトしたポ-タ-達が一本取る場所がある。ポ-タ-が担いだ荷物を下に下ろすことをしなくとも良い腰掛けのある小広場。ここの奥から見上げると、エベレストの頂上を遠望できる。ここはネパ-ル人のガイドでも知らない秘密の場所。私の秘密の場所。

 エベレスト街道で初めてエベレストを観れるのは、ここの他にはナムチェから3時間ほど歩いたシャンボチェまで行かないとエベレストを見ることが出来ない。シャンボチェに着いた時に天候が悪くて、エベレストが見られなかったら、この小広場で見れるエベレストをぜひ写真に収めておこう。

遠望なのでカメラの望遠レンズが必要。

 日本発着9日間や11日間などのネパ-ルヒマラヤ・トレッキングでは、せいぜいナムチェの町までしか行けません。そこから高度障害で動けない人を置いて、3時間登ってエベレストを見る。これが普通の日本人のヒマラヤ・トレッキング。

 私がエベレスト街道のトレッキングをしたのは、まだサラリ-マンで会社の勤務がある時だったが、札幌の発着28組日間だった。

 会社を定年退職したリタイヤ-の人でも、これらの日本の旅行業者の企画する日本発着11日間や14日間のトレッキングにしか参加しないのは理解不能だ。そもそも、自分自身でトレッキングの日程予定を企画したり、どこを観て周るのかを考えたりしなくて済むパック旅行やパック・トレッキングのどこが良いのか、わたしには理解できない。これらの旅行業者の企画実行するトレッキングには、特に2840mにフライトするエベレストコ-スの危険には注意したい。

 

トレッカ-の高山病

 多くの日本人のトレッカ-が、このコ-ス・エベレスト街道で死亡している。ナムチェの次の宿泊地タンボチェ(tyangboche)3867mまで日本発着14日間のトレッキングなどに参加して高山病になるケ-スだ。

 ヒマラヤ登山の場合の死亡事故には、テレビや新聞で大騒ぎするのだが、なぜかトレッキングの死亡事故・遭難は掲載されない。日本のトレッキングを企画する会社は、死亡者を出した企画なのに、反省をしたのかどうか、毎年同じ企画で募集している。

 

高度順応のために連泊するナムチェバザ-ルへ

 普通のトレッカ-は、例えば札幌からエベレスト街道を歩く人達は、0mから歩きだし、フライトで2840mのルクラに降り立ったとしても、高度障害や高山病の症状を4千mで味わうことになる。最初の高度順応が必要なのが4千m前後。ここで高山病を発症するとアウト。この4千m以前の高度で順応して、楽に4千mを通過するために、最低限一週間の日数をかける。

 人間の体は高度に順応する様に造られているらしい。赤血球ヘモグロビンは情況によって二倍に増加する。身体が高度を感じると一気にヘモグロビンが増加する。札幌の0mからカトマンドゥの1350m、そしてルクラの2840mに身を置くと、身体は高度にビックリしてヘモグロビンを増加させる。4千mに近づくと増々だ。その速度は二倍まで一週間から10日と云われている。

 ヘモグロビンが二倍に増加すると、血液中の酸素を二倍運ぶことになる。酸素濃度が二分の一になるのは標高5500mくらい。4千mから5500mまでに10日をかけて歩けば丁度良い。

 3440mのナムチェは、高山病が出る高度。このナムチェに到着すると、ほとんどの人が頭痛など二日酔いと同じ症状がでる。これが高度障害。この高度障害が高山病に変わる前に順応をしなければならないのだ。

 

チベットから移住したシエルパ族の定住地ナムチェバザ-ル

 ナムチェの町は、大昔からチベツトとインドの交易路の中心町で、土曜日には大掛かりなバザ-ルが開催される。遠くから売りたいものを担いで集まり、遠くから買いたいものを見つけに多くの人々が集まってくる。

 世界中から押し寄せる登山者とトレッカ-の衣食住を満たすために、多くの、特にシェルパ族達がバティ(ホテル・ロッジ)を営み、お土産屋を開いている。そしてお客の荷持運びのポ-タ-やヤクドライバ-が住んでいて、定住している住民達がバザ-ルへ買い求めに集まる。

 

ナムチェバザ-ルへドウドコシ川を渡る

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エベレストが最初に眺められる休憩場所小広場

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小広場から望遠レンズでエベレストを撮る

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ナムチェバザ-ル入口に到着

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ソナ-・ロッジ

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ロッジのキッチンには地酒トンバの器が並ぶ

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ナムチェの町全景

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ナムチェ町とク-ンブヒマラヤとロ-ルワリンヒマ-ルの境に聳えるクワンデ峰6011m

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ネパ-ルの楽しいトレッキング 第47回

ネパ-ルの楽しいトレッキング その四十七回目

エベレスト街道・トレッキング(ソルク-ンブヒマラヤSol  khumbu)の八回目  番外編・エベレスト街道以外の世界遺産 カトマンドゥ盆地

 楽しいネパ-ルトレッキングで、エベレスト街道が世界自然遺産なので、ネパ-ル国内の他の世界遺産を写真で見ている。

 前回まで、ネパ-ルの世界遺産のうちエベレスト街道とチトワン自然遺産やルンビニ文化遺産を見てみた。

今回は世界文化遺産のうちのカトマンドゥ盆地を写真で見てみる。

 

カトマンドゥ盆地

ネパ-ルの首都カトマンドゥ市内の4ケ所を含む、カトマンドゥ盆地内の7ケ所が世界文化遺産登録されている。 

①パシュパティナート寺院

ハヌマンドカ(カトマンズ旧王宮広場)

③パタン旧王宮広場 

④バクタプール旧王宮広場 

⑤スワヤンブナート寺院 

⑥ボダナート寺院 

⑦チャングナラヤン寺院 

 

世界文化遺産 カトマンドゥ盆地 ①~⑦ काठमाडौं उपत्यका

1979年カトマンドゥ渓谷(盆地)として世界文化遺産登録。

 ①~⑦は全てカトマンドウ盆地内にあり、盆地内にまとまってこれだけ沢山の世界文化遺産があるのは世界でもネパールだけ 

 カトマンドゥ盆地はネパ-ルのほぼ中央に位置し、標高は1350m、東西約25km、南北約19km

かっては栄光の都(Kantipur)と呼ばれていた 

急激な都市化と維持管理体制などにより、一時期この世界文化遺産危機遺産の指定 を受けていた 

 

国際連合ユネスコ世界文化遺産として登録される条件

この世界文化遺産国際連合ユネスコ世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録される

(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠

(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例

(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と、直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)

 

では、カトマンドゥ盆地の世界文化遺産7ケ所を写真で見てみる

① パシュパティナ-ト寺院 Pashupatinath (Temple of livingbeings)

 ネパ-ルの首都カトマンドゥの空の玄関口トリブバンエア-ポ-トのすぐ近く、ガンジス川の支流バグマティ-川の川沿いにあるシヴァ神を祭るネパ-ル最大のヒンドゥ-教寺院。

 シヴァが滞在したとの言い伝えのあるこの地は、はるか1,500年以上も昔から巡礼の地となっており、インド大陸四大シヴァ寺院の一つにも数えられ、ネパールでは最高の聖なる地である。

 パシュパティナ-ト寺院で行われるお祭りには、インドから多くのヒンドゥ-教徒が、バスを連ねて訪れる。

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火葬ガ-ト

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寺院はヒンズー教徒以外立ち入りが禁止になっている      

西側の門のほうに行くと、金色のナンディ(牡牛)    

のお尻が見える 

ナンディはシヴァ神の乗り物である

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バチャレシュワリ寺院(Bacchareshwari Temple)がある

6世紀に建てられたタントラ密教の寺院

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パシュパティナ-ト寺院入場料 1000ルピ-

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 ② ハヌマン・ドカ ( カトマンドゥ旧王宮 )Hanuman Dhoka

カトマンドゥ市内の西側に位置する。現在の建物は、17世紀のマッラ王朝時代に建てられた。

 「ハヌマン」はヒンドゥ-教の猿の神、「ドカ」は門。門の脇に猿の像があることから、ハヌマンドカと呼ばれている。ハヌマン(神猿)は戦争に勝利をもたらす英雄として扱われる。

 東側にある外人街のタメルから、バザ-ルの連なるタヒティ チョ-クやアサン チョ-クなどの広場を抜けて寺院が点在するダルバ-ル広場の中央部に旧王宮がある。

 ダルバ-ル広場からなお西に移動すると、下町内に白い塔のビムセンタワ-(ダ-ラハラ)が建っている。

 

ハヌマン・ドカ ハヌマン」はヒンドゥ-教の猿の神、「ドカ」は門

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カトマンドゥ旧王宮

内部はレンガと木造で8階建

旧王宮左隣の白い建物の西洋風のファサ-ド 

19世紀のラナ家専制時代に増築された

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旧王宮の中庭から見たところ

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王宮を上から眺める

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クマリの館 Kumari Bahal

ダルバ-ル広場の南側、木彫りの窓枠が施された建物。

女神として崇められるクマリが住む。

 クマリ族の僧侶や金細工カ-ストのサキャ家族から、初潮前の少女が選ばれて、神々としての「人間の姿をした女神」のふるまいを教え込まれる。日常的に病気からの回復や願望成就の祈願を行っている。

 クマリは、各地の町や村、パタンやバクタプルなどにも居るが、前国王の運命を予言するのはここのクマリだけだった。9月大祭のインドラ ジャトラとダサイン大祭にクマリの乗った山車が三日間の間街中を巡る。

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左・ナラヤン寺院  右・シヴァ寺院 お祭りでごった返している

2015年4月25日 ネパ-ル大地震で全倒壊した

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ナラヤン寺院前のガル-ダ像

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シィヴァ バアルヴァティ寺院

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タレジュ寺院 16世紀中マヘンドラ マッラ王建立

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カ-ラ バイラブ

シヴァ神の化身である恐怖の神。この神の前で嘘をつくと即座に死ぬ、と信じられている。

この前で裁判が行われていた時代があった。

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世界遺産ハヌマン・ドカのエリアから少し離れたビンセンタワ-

ビムセンタワ- Bhimsen Tower(ダ-ラハラ Dharhara)

旧王宮を見下ろす様にそびえる。高さ約61m

1832年ビムセン・タパ首相によって建立

1934年の地震で上部が折れ、その後再建された

213段のらせん階段 

レンガと石灰で作られ、なんと接合剤に砂糖(キャラメル)が使われているとか 

2004年より公開

2015年4月25日ネパ-ル大地震で全倒壊

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ハヌマン ドカの入場料 750RS  2014年9月

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③ パタン旧王宮広場

パタンはカトマンドゥからバグマティ-川を挟んで南方に約5km。

299年に築かれた古都で、現在でもネワール族の金銀細工、木彫り、絵画など工芸の街である。
 王宮の広場には、12~17世紀に建てられた寺院が多い。又、広場を取り囲むように半径300m~500mに多くの寺院と塔が散在する。

紀元前250年前に、インドのアショカ王が建立した4塚(ストゥ-パ)がある。
 パタンは別名で、梵(サンスクリット)語の「ラリトプル」とネワ-ル語の「イェラ」がある。ラリトプルは「美の都」と言う意味。

広場を取り囲む市内は、シャカ王国時代からの氏をシャキャと名のる仏像工芸者が居る。

 

王宮前広場

 右側の建物が、手前からスンダリ チョ-クとムル チョ-ク、その右奥にタレジュ寺院、奥の三重屋根のマニ・ケシャブ・ナラヤン チョ-ク。

 1734年に完成した王宮。マニ・ケシャブ・ナラヤン チョ-ク、ここは民家として使われていたが、1997年にパタン博物館になっている。

博物館にはヒンドゥ-教と仏教の神像や装飾品が展示されている

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手前からシッディ ナラシン マッラ王像 ガル-ダ像 ヴィシュワナ-ト寺院 ビムセン寺院

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ジャガナラヤン寺院・左  右・クリシュナ寺院

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ハリ・シャンカ-ル寺院

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シッディ ナラシン マッラ王像

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クリシュナ寺院

20ルピ-紙幣にクリシュナ寺院が描かれている

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ヴィシュワナ-ト寺院と二頭のゾウ

裏口にはシヴァの乗り物の牡牛の石像

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パタン入場料 500ルピ-(2013年10月)

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バクタプ-ル王宮広場

カトマンズ市内から東方13km。

 盆地内でカトマンドゥ、パタンに次いで三番目に大きな町。古都は889年に創建され盆地全体の首都であったが、15世紀から18世紀のマッラ王朝時代には3王国の一つであった。

バクタブルとは「信仰の街」「帰依者の町」の意で、別名バドガオンともいわれている。
 旧王宮には「55窓の宮殿」といわれる美しい彫刻が施された窓が並び、55窓の内側は王の寝所となっていた。旧王宮前広場はたくさんの寺院で囲まれているが、1934年の地震で取り壊された寺院も多い。

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左からゴ-ルデンゲ-トと55窓宮殿 ブパティンドラ マッラ王像右にパシュパティ-寺院

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2ケ所の寺院群をつなぐレンガ道路

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左・ビムセン寺院  右・ダッタトラヤ寺院

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ネワ-ル族が1703年に建てたニャタポラ寺院。

 プパティンドラ マッラ王の建立。インドの神話に由来した5対の象は二人の伝説上の普通の人間の十倍強い英雄、後ろに二頭の像、二頭の獅子、二頭の龍、虎の女神ナギ-ニと獅子女神シンギ-ニと続く。

1950年代は象が色づけされてい

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バイラヴナ-ト寺院

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スン ドカ(黄金の門

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1950年代黄金の門の前にあるランジット マッラ王像

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現在のランジット マッラ王像

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ネワ-ル彫刻 孔雀の窓

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100ルピ-札にはニャタポラ寺院が描かれている

高さ30m カトマンドゥ盆地では一番高い寺院

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バクタプ-ル入場料 1100ルピ- (2013年10月)

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⑤ スワヤンブ-ナ-トSwayambhunath

 カトマンズの西方3kmにあり、400段に近い階段の丘の上に建つストゥーパ(仏塔)様式の仏教寺院である。

現在はサルが多いことから「モンキーテンプル」とも呼ばれている。東南アジア最古の文化遺産
全インドを最初に統一して帝国を築いたとされるアショ-カ王が紀元前約250年頃に建立している。

 ストゥーバ(仏塔)の高さは9m、直径18mで大きな目玉が描かれている。四面についた目は森羅万象を見通す仏陀の目で「みすえる知恵の目」である。タルチョーの小布は、経文が刷られ黄、緑、赤、白、青の五色からなり、これらは黄が大地、緑が水、赤が火、白が風、青が大地で大宇宙を表わしている。この寺院からはカトマンドゥの市街が一望される。

 スワヤンブ-ナ-トは万物の創造者と言う意味。直訳すると「自存者寺院」で、ブッタのシヤリラ(遺骨)が分骨された本物の仏舎利塔ではなく初念仏である。なおこの仏塔は正確にはストウ-パではなく、マハ チャイテャ(大チャイテャ=塚)と呼ばれる。また仏塔の西北隅にある堂が、その形状からヒンドゥ-教の寺と勘違いされ、仏教ヒンドゥー教が共存している象徴として紹介されることがあるが、実はこれは鬼子母神堂(ハリティ)であり、仏教寺院であってヒンドゥー寺院ではない。仏塔の墓室を開くことは禁じられている。

 1825年に頭部の宝珠を支える木製の支柱が嵐で割れ、交換のために開かれたが、仏塔の起源と建立年などを記した置物などを調べることをしていない。またとないチャンスを逃してしまった。

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スワヤンブ-ナ-ト入場料 200ルピ- (2013年10月)

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⑥ ボダナ-ト Boudhanath

 カトマンズ市内から北東8kmに、直径27m高さ36mの世界最大級のストゥーパ(仏塔)。現在はチベット仏教ラマ教)寺院である。アショ-カ王が紀元前約250年頃に建立し、東南アジア最古の文化遺産

 シェルパ族などの仏教徒にとって、カトマンズ第一の聖地であり、ヒマラヤ登山の際は、必ずといっていいほどこの寺にお祈りをして出発するといわれている。昔からチベットの僧侶も訪れている。

 礼拝者は絶えることがなく、夕方になると、時計回りに700個の経文が彫られたマニ車を回しながら、「オムマニ ペメ フム」とお経を唱えながら歩く姿が見られる。オム マニ ペメ フムは、マニ車(コル)に刻まれているチベット仏教の祈りの言葉マントラ真言)である。「おお、蓮の内なる宝珠よ」と直訳し、「現世では罪深い私も、泥の中で育って美しい花を咲かせる蓮のように、来世ではより幸せになりたい」という、輪廻転生の信仰の真言である。以前は最高の礼法である五体投地の巡礼者が見られたが、現在は観光の邪魔になる理由で、片隅に投地台が置かれている。

 ボダナ-トは直訳すると正覚寺。ボダナートの「ボダ(ボゥッダ)」は「仏陀の」「仏教の」「知恵の」を意味し、「ナート」は「主人」「神」などを意味する。仏塔の台石は、チベット仏教の宇宙と精神力を象徴する円と正方形が幾何学的に組み合わされ、曼陀羅の形になっている。

 三重になった外周の円(巡礼の宿坊と環道、無数のマニ車の外壁より成る)は、終わることのない生と死の繰り返し、つまり輪廻を表現している。これは、仏陀の教えで人間が輪廻の束縛から解脱できることを表している。

 又、ひな壇式になっている四角い基壇は大地を、その上の土饅頭のような伏鉢は水を、また上へ行くほど細く尖ってきている塔の13の相輪は火を象徴していて、悟りに至る行程が示されている。

 これらの相輪の先端には風を象徴する傘があり、ストウ-パの頂には空を表す宝珠(月と太陽で象徴されている)が載っている。こうして、宇宙を構成する五大が仏塔によって表現されているわけで、無限と永遠を形象化している様式はネパ-ルしか見れない。

 「みすえる知恵の目」は、知恵の化身である蓮の花の形をした広目が四方を睥睨(へいげい=流し目でにらむ)し、森羅万象を見通している。

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現在のボダナ-トと昔のボダナ-ト

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ボ-ダナ-ト入場料 150ルピ-(2013年10月)

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⑦ チャングナラヤン Changu Narayan

 カトマンドゥ盆地の東端で標高1541m、

 バクタプルから北へ6km。バクタプルの田園を見下ろすように丘に立つ、ネワ-ル様式の芸術と建築の寺院。東西南北の最東最古の寺院で、開基はリッチャヴィ王朝の323年とされていてムガル帝国軍に破壊され1702年再建された。ヴィシュヌ神の化身であるナラヤン神を祀るヒンドゥ―教寺院。

 464年に建立された石版には、国王ダルマデヴァと、 若くして王位に就いた彼の息子の人生が詳細に刻まれている。この石版の文字は、ネパ-ルに残る一番古い文字である。

 

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ナラヤン神に向かって合掌するマッラ時代の王プパティンドラ

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リッチャヴィ時代の王マンデ-ブⅠ世が化身したガル-ダ像

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464年に建立された石版には、国王ダルマデヴァと若くして王位に就いた彼の息子の人生が詳細に刻まれている。

この石版の文字はネパ-ルに残る一番古い文字

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4世紀に造られたこの像は、旧10ルピ-紙幣にも載っている貴重なもので、ビシュヌ神がガルーダに乗っている

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チャングナラヤン入場料 100ルピ- 2013年10月

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ネパ-ルの楽しいトレッキング 第46回

ネパ-ルの楽しいトレッキング その四十六回目

エベレスト街道・トレッキング(ソルク-ンブヒマラヤSol  khumbu)の七回目  番外編・エベレスト街道以外の世界遺産

 

前回は、国際連合ユネスコに登録されている世界自然遺産について見てみた。

 今回は、エベレスト街道が世界自然遺産に登録されているのを紹介した継いでなので、ネパ-ルの世界遺産を見てみたい。

 今日、今回は見る写真の数が多すぎるので、チトワンとルンビニを写真で見てみる。カトマンドゥ盆地の文化遺産は次回とする。

 

世界自然遺産は二か所

 ネパ-ルの世界遺産のうち、自然遺産はエベレスト街道のソルク-ンブ地域とあと一つ、チトワン自然公園がある。

 チトワンは、ネパ-ルのほぼ中央の首都カトマンドゥの西方に位置する、一角サイなど動植物の宝庫になっている地域。

 

チトワンचितवन राष्ट्रिय निकुञ्ज Chitwan National park

面積 932 平方キロ

 公園の経緯 1962年ネパ-ル最初の野生動物保護区に、1973年最初の国立公園に、そして1984年に世界自然遺産として指定された。

 場所 東西80km・南北23kmの国立公園は、ネパール中央部の南側に位置し、公園の南側はインドの国境に接し、亜熱帯性気候のタライ平野にある。

 チトワンの特徴は、いまだ開発されていないユニークなエコシステムを残している世界的にも貴重なもの。

 

 

世界文化遺産も二か所

他方、世界文化遺産に登録されているのは、ルンビニカトマンドゥ盆地の二か所。

 

ルンビニ ( ルムビニ ) लुम्बिनी  Lumbini

1997年世界文化遺産登録。

 ネパ-ルの首都カトマンドゥの南西、飛行場のある町バイラワの西方22km、北にヒマラヤを見上げるタライ平野に位置するルンビニ。現在ではブッタ生誕にちなむ仏教の四大聖地となっている。他の聖地は、成道の地インド・ピハ-ル州ブッタ・ガヤ-、初めて説法したインド・ウッタルプラデ-シュ州サ-ルナ-ト、入滅の地のインド・ウッタルプラデ-シュ州クシ-ナガルである。
 梵語サンスクリット語)とパ-リ語のルンビニは土俗語でルミンディと言う。その意味は「受胎を祈願する地母神の名前」。

ルンビニは、現在のタライ地方でインド国境近く。

 ルンビニは今から2500年以上も前のブッタ・お釈迦様の生誕地。正式な名前はゴ-タマ・シッダ-ルタの生誕地である。ブッタは母親マ-ヤの右わき腹から誕生したとされ、インド各地を巡って信仰を広めた。

 ルンビニには、インドを最初に統一した王様アショカ王が元前249年に碑文を刻んだ石柱を建立。碑文の内容は、ブッタの生誕地訪問を記念して、この地元の租税を六分の一に減額するとある。

 ブッタ生誕地を記録する文献は、最古の歴史的文化的文書としては紀元前七世紀以降紀元前100年ころまでの間のキランティ諸族の統治時代に書かれていた書物。それと紀元636年には玄奘(げんじょう)三蔵が、明快にも3万kmの旅行記に文字でお釈迦様の誕生地を訪問し、アショカ王の石柱があったことを書き綴り証明している。

お釈迦様の生誕年と没年は、紀元前566年・486年と紀元前463年・383年の二説ある。

ブッタは直訳すると「目覚めた人」。

 

カトマンドゥ盆地

カトマンドゥ盆地内の7ケ所が世界文化遺産登録されている 

①パシュパティナート寺院

ハヌマンドカ(カトマンズ旧王宮広場)

③パタン旧王宮広場 

④バクタプール旧王宮広場 

⑤スワヤンブナート寺院 

⑥ボダナート寺院 

⑦チャングナラヤン寺院  

 1979年カトマンドゥ渓谷(盆地)として世界文化遺産登録。

 ①~⑦は全てカトマンドウ盆地内にあり、盆地内にまとまってこれだけ沢山の世界文化遺産があるのは世界でもネパールだけ。

 カトマンドゥ盆地はネパ-ルのほぼ中央に位置し、標高は1350m、東西約25km、南北約19km。

かっては栄光の都(Kantipur)と呼ばれていた。 

急激な都市化と維持管理体制などにより、一時期この世界文化遺産危機遺産の指定を受けていた。

 

参考文献

「ネパ-ル」トニ-・ハ-ゲン著

外務省ホ-ムペ-ジ

地球の歩き方

生天目上人追悼集

 

チトワン国立公園चितवन राष्ट्रिय निकुञ्ज Chitwan National park

面積 932 平方キロ

 公園の経緯 1962年ネパ-ル最初の野生動物保護区に、1973年最初の国立公園に、そして1984年に世界自然遺産として指定された。

 場所 東西80km・南北23kmの国立公園は、ネパール中央部の南側に位置し、公園の南側はインドの国境に接し、亜熱帯性気候のタライ平野にある。

この公園の特徴は、いまだ開発されていないユニークなエコシステムを残している世界的にも貴重なもの。

 

チトワン自然公園 案内図

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国立公園内に生息する鳥類かんばん

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ラプティ-川のこちら側が世界遺産

川の向いがソウラハの街 毎日のようにゾウの水浴びが見られる

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ラプティ-川の対岸がチトワン世界自然遺産

こちら側が隣接する町のソウラハ

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世界自然遺産内のエコ運営のジャングルロッジ

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公園内を二時間歩き回るエレファントサファリ

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公園内で飼育されているベンガルトラ

 アメリカの俳優レオナルド ディカプリオさん39歳は、2013年11月に世界自然保護基金(WWF)に300万ドル(3億円)を寄付。ベンガルトラの保護目的。

 トラの保護は、2013年7月現在、過去5年間で63%増加し、198頭に増加した。2022年までに250頭を目標。チトワン国立公園内には約100頭が生息。

2012年一年間に7名の住人がトラに襲われる被害で死亡している。

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公園内の川を散策 カヌ-ライド

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クジャク

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ゾウの水浴び

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ルンビニ ( ルムビニ ) लुम्बिनी  Lumbini

1997年国際連合ユネスコ世界文化遺産登録。

 ネパ-ルの首都カトマンドゥの南西、飛行場のある町バイラワの西方22km、北にヒマラヤを見上げるタライ平野に位置するルンビニ

ルンビニはブッタ(仏陀釈迦牟尼)の生誕地。

 現在ではブッタ生誕にちなむ仏教の四大聖地となっている。他の聖地は、ブッタの成道の地インド・ピハ-ル州ブッタ・ガヤ-、初めて説法したインド・ウッタルプラデ-シュ州サ-ルナ-ト、入滅の地のインド・ウッタルプラデ-シュ州クシ-ナガルである。
 梵語サンスクリット語)とパ-リ語のルンビニは土俗語でルミンディと言う。その意味は「受胎を祈願する地母神の名前」で、地名としてのルンビニは、現在のタライ地方でインド国境近く。ゴ-タマ・シッダ-ルタの生誕地である。後の仏陀(ブッタ)。日本ではお釈迦様(ブッタ)と呼ばれ、ブッタは直訳すると「目覚めた人」。

 仏教の開祖ゴ-タマ・シッダ-ルタ-(仏陀釈迦牟尼)は、紀元前五世紀頃カビラヴァストゥ国のスッド-ダナ王を父に、麻耶マヤ夫人を母として、無優樹(沙羅樹)の下で母親の右脇から誕生した。現在は麻耶が淋浴したと言われるブシュカ-リ(プスカリニ)池のそばに菩提樹がある。

釈迦の生誕年と没年は、紀元前566年・486年と紀元前463年・383年の二説ある。

 

ブッタ生誕地を証明

 ルンビニをブッタの生誕地と証明するのは、発掘された跡地や生誕浮き彫り石像がある。その他には、ゴ-タマ・ブッタの生誕のことが叙述されている最古の歴史的文化的文書は、紀元前七世紀以降紀元前100年ころまでの間のキランティ諸族の統治時代に書かれていた。

 他方、発掘で見つかった石柱に古代文字が残っていた。紀元前249年にアショカ王が、ブッタ生誕地を訪れた際に、記念に建立している。その古代文字には、ブッタ生誕地を訪れ、この地に住む住民の租税を六分の一に減額する旨を書き綴っている。

 また、紀元636年には玄奘(げんじょう)三蔵が、3万kmを歩いた旅行記に、明快にも文字でお釈迦様の誕生地を訪れ、アショカ王の建立した石柱を見た、と記述している。

 

 

遺跡を保存するマ-ヤ聖堂 2003年建立       

 現在の外壁はレンガ色から白色になっている

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マ-ヤ聖堂内部の発掘された遺跡

七層の煉瓦から成る基壇 15室から成る

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プスカリニ池

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古代王朝グプタ期に作られた生誕浮き彫り石像

イスラム教徒によって削り取られたとされている

 王妃マ-ヤが無優樹に手をかけ、その右下に誕生した王子ゴ-タマ・シッダ-ルタが立っている。

王妃の隣には妹のマハ-プラジャパティ-、そしてその横にヒンデゥ-教のブラフマ-神とインドラ神

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生誕浮き彫り石像の大理石レプリカ

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復元されたアショカ王建立の石柱

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宗教法人出資の総教日本寺は2007年現在未完成

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日本山妙法寺 建設始まり

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ネパ-ルの楽しいトレッキング 第45回

ネパ-ルの楽しいトレッキング その四十五回目

エベレスト街道・トレッキング(ソルク-ンブヒマラヤSol  khumbu)の六回目

 

 今回は、ネパ-ルの山岳ナショナルパ-ク・サガルマ-タを少し詳しく見てみたい。サガルマ-タ・ナショナルパ-クはそっくり世界自然遺産になっている。以下はこの国際連合ユネスコに登録されている世界自然遺産について見る。

 

 世界自然遺産サガルマータは、世界最高峰のエベレストを含むヒマラヤの山々と、山岳民族で有名なシャルパ族の生活する村々や、チベットへの交易路が含まれている。 

エベレストのネパール名はサガルマータ。その意味は「世界の頂上」。エベレストのピ-クがネパ-ルと中国チベットの国境にあるので、中国名をチベット語でチョモランマ(珠穆朗瑪峰)、その意味を「大地の母神・世界の母神」と云う。

 

世界自然遺産サガルマータを詳しく見てみる。

世界自然遺産サガルマータ सगरमाथा Sagarmatha National park

国際連合ユネスコ世界遺産自然遺産として1979年登録。

 面積は1,148 平方キロ。日本の国立公園の中で一番面積が広い北海道の大雪山国立公園の面積は226,764 ヘクタ-ル。

場所はサガルマ-タ国立公園と同地区。カトマンズの北東、ク-ンブヒマラヤ地域に位置する。

 この世界自然遺産には世界一の高さを誇るサガルマ-タ Mt. Sagarmatha (Everest)8848mやロ-ツェLhotse8516m、ヌプッツェNuptse7855m、チョ-オユ-Cho Oyu8201m、プモリPumori7161m、アマダブラムAma Dablam6812m、タムセルクThamserku6623m、クワンデKwangde6011m、カンテガKangtaiga6779m、ゴジュンバカンNgojumbakang7743m、ガチュンカンGyachung Kang7038mなどの高峰がある。

世界自然遺産としての特徴を調査したので、以下に説明してみる。

 この地域の山々は地質学的に若く、深い谷と氷河谷が山々を刻んでいる。植生は高度によって、低い地帯は松やツガ。高度が上がるにしたがって、モミ、桧科のビャクシン、樺、シャクナゲの林がある。さらに上部の地帯には低木林と高山植物が、それより高い場所は植物のほとんどない岩と雪や氷河で覆われた地帯となる。札幌近郊の山での森林限界は千mより少し上部になるが、ネパ-ルのヒマラヤでは4千mや5千mでようやく限界となる。

 ネパ-ルの国花で有名なシャクナゲの大木は春3月~5月に花が咲きみだれる。他の植物の花の種類が多いのはモンスーンの時期6月~8月になる。薄雪層エ-デルワイスは雨期が明けたポストモンス-ン季の9月から11月ごろが見ごろになる。

 この世界自然遺産内で見られる野生動物には、ヒマラヤ・タール(野生ヤギ)、ゴーラル(レイヨウの種類)、カモシカ族のヤギレイヨウなどが生息している。ユキヒョウやヒマラヤ黒クマも生息しているが、人目につくことはほとんどない。それ以外には、めったに見ることはできないが、イタチ、テン、ジャッカル、ヤセザル(ラングール)などの生息が確認されている。標高4千m以上の氷河のモレ-ン近くにはヒマラヤナキウサギが生息している。

 この世界自然遺産内には、有名なシェルパ族が3000人ほど暮らしている。彼らは仏教を信仰している。ナムチェバザール、クムジュン、クンデ、タメ、チャンボチェ、パンボチェ、ポルツェなどに集落がある。彼らの生業は、伝統的には交易と牧畜だったが、130年間の鎖国から開国した1950年以降ネパ-ルヒマラヤ登山に世界中の登山者が押し寄せ、この地域にも多くの外国人登山家、トレッカ-がやってきた。現在ではロッジ経営やガイドなど観光が主要な生業となっている。

 

ネパ-ルヒマラヤの山の公式標高と正式標高

 ネパ-ルの山の標高 たとえばここではタムセルク 6623m(6608m)と表示している。6623mがネパ-ル政府の発表している公式標高で、カッコ内に表示している(6608m)は地形図などの標高を表わしている。

 ネパ-ルのヒマラヤは、国策として登山やトレッキングなどの観光を重視しているため、山名や標高は法律や内閣の閣議で規定や決定される。

 山名や標高をワ-プロ打ちする係の人が、打ち間違えた文書をそのまま閣議決定して、公報発表してしまうと、それが正式なものになってしまう。後で間違いに気が付いた場合は、当然に法律の改正や閣議のやり直しが必要になる。

また、昔の山の標高を測りなおして、新しい地形図を発行する時は、正式な標高になる。

 ヒマラヤは3万年前後前に隆起して形成され、現在も隆起が続けられているので、北海道の日高山脈と同等、標高が高くなっている。2015年4月25日のネパ-ル地震で、ヒマラヤの標高が変化しているはず、インドの測量局がエベレストの測量を行うのではないか、と報じられてもいる。

 

国立公園・世界自然遺産入り口  チェックポストのあるモンジヨ onjo 2835m

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世界自然遺産・国立公園案内地図

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トレッキングの最奥地カラパタ-ル5550mから見るエベレス8848m

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ナムチェバザ-ルNamche bazarの町とクワンデ峰Kwande6011m(6186m)

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タンボチェゴンパTengbocheとアマダムラム峰Amadablam6812m(6856m)

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エベレストビユ-ホテル  ホテルの窓ガラスに写るエベレスト

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エ-デルワイス(薄雪草)はナムチェの町から登り始めるとすぐに見えるかも ポストモンス-ン季節

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カンテガ 6779m(6685m) Kangtega

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チョラッチェ 6440m(6335m)Cholatse

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タムセルク 6623m(6608m)Thamserku

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アイランドピ-ク(イムジャツェ)6160m Island peak

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カラパタ-ル頂上5550mKala pattharからプモリ峰7161m(7165m) umo ri

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ヒマラヤの尖峰

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ネパ-ルの楽しいトレッキング 第44回

ネパ-ルの楽しいトレッキング その四十四回目

エベレスト街道・トレッキング(ソルク-ンブヒマラヤSol  khumbu)の五回目

 

前回はルクラからトレッキングの一泊目の宿、パグディンPhakding 2652mまでを写真で見た。

 今回は、高度順応のために二泊以上の滞在を予定しているナムチェNamche 3440mを目指す。途中の村ジョルサレJorsale 2804mは、サガルマ-タナショナルパ-クの入口で、トレッキングパ-ミットと国立公園入場のチエックを管理事務所で受けることになる。サガルマ-タナショナルパ-クは世界自然遺産エリアでもある。

 登山隊やトレッカ-の荷を運ぶロ-カルポ-タ-や、比較的低地の荷運びをするゾッキョ、3千m以上の家畜でもあるヤクなど。荷運び役については、後々に写真で見てみる。

サガルマ-タナショナルパ-クは世界自然遺産。次回からサガルマ-タ世界自然遺産を詳しく見てみたい。。

 

 

ドウド・コシ川に架かるつり橋を歩く

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女性のポ-タ-・シェルパニ ダウラ焚き木を運ぶ

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ゾッキョやヤクが荷運び

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ロ-カルポ-タ- 登山隊やトレッカ-の荷を

生活用品・ガスシリンダ-も

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サガルマ-タ・ナショナルパ-ク入口の村ジョルサレJorsale 2804mのロッジ

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これより世界自然遺産 サガルマ-タ・ナショナルパ-ク管理事務所

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