ネパ-ル人の2登山合同隊が、K2・8611mの冬季初登頂、おめでとう その五回目
標題がネパ-ル人隊の世界第二位の高峰パキスタンのK2冬季初登頂が、大変おめでたいことだったので、その報道をアップだった。が、横道に外れてK2の第二登になる日本隊登頂と、その後の20周年記念パキスタン・スキム・ブルム氷河雪崩事故をアップ。
横道を歩きついでに、他の氷河雪崩事故の写真を見てみたい。
これは、わたしがネパ-ルヒマラヤのアンナプルナⅠ峰8,091m遠征で遭遇した懸垂氷河雪崩の写真。
1991年10月アンナプルナⅠ峰北面登攀隊のベ-スキャンプを襲った氷河雪崩
この氷河雪崩、その発生点の氷河の破断面のある所と、私達が登山中に生活しているBCとの距離は、標高差約2千2百m、距離約5千m。この距離を最初はほぼ垂直90度の壁を、東京ド-ムの何分の一かの氷の塊がクラ-ッと転げ落ちる。この氷塊は落下途中、傾斜の少し緩くなった斜面に当たって、粉々になり、そして降り積もる程の雪状態にまでになる。この間、氷が落下するのだから勢いづいて突風の猛吹雪。
爆風となった雪崩の速度は最初の2千m弱を20秒、総距離5kmを70秒かかっている。最初は時速300kmになるか。グラ-と転げ落ちる初速は時速0km近くからだから、20秒後のほぼ傾斜の緩い斜面にぶつかる直前の時速はものすごいものだろう。
8千mを超えるのアンナプルナⅠ峰を筆頭に、6千m以上のピ-ク15座のアンナプルナヒマ-ルは、直線状の山脈でなく円を描く形の50kmに及ぶ距離の山群。その円形の山脈の西側に、高峰4座のニルギリヒマ-ルがある。南からニルギリ南峰6839m、続いて北側に向かってニルギリ中央峰6940m、ニルギリ北峰7061m、ティリチョ・ピ-ク7134mと続く。このティリチョ・ピ-クとアンナプルナⅠ峰の丁度中間にベ-スキャンプ(BC)とアドバンスベ-スキャンプ(ABC)が作られていた。アンナプルナⅠ峰北面から流れ下るアンナプルナ氷河は、峪状に設置したABCを通って、その下流のBC脇を下っている。
BCからアンナプルナ氷河沿いにABC方向を見上げると、右上にアンナの頂上、左上にティリチョ・ピ-クを見上げることになる。
この日も、ティリチョ・ピ-クの稜線上から小規模にハンググレッチャ-雪崩が落ちていた。登山終了して隊員全員がBCで朝食を終えて、下山の準備でポ-タ-一人ひとりが担ぐ荷物づくりの予定だった。
快晴の暖かい朝方、皆がテントから出て日向ぼっこ中。直前の小雪崩方向を見ていた私は、大きな氷の塊が「ゴロ-」と転げ落ちる様子を見た。何といおうか、背筋が寒くなると云おうか、どうしたら良いのかその後の行動を考えようとしたのだろうか。一瞬だった「皆逃げろ-」と叫んでいた。
BCの氷河の流れ下るのに沿ってBC後方に大きな直径5mほどの大きな岩が数個ある。全員がこの岩陰に隠れることができた。
岩陰に身を伏せたが、どれ程の突風なのか、飛ばされるのかどうか。
猛吹雪の爆風が通り過ぎて行った。
負傷者はスペイン隊員一人、逃げる時に足を挫いていた。
BCに設営のテント3張がフレ-ムが折れてペシャンコ。大きなキッチンのテントも潰れ、BC中央のネパ-ルと北海道の旗は数十mも飛ばされていた。外に干してあったシュラフ一個は、皆で捜索したがついに発見できなかった。
一人、この大雪崩を動画撮影していたメンバ-がいた。爆風が身に迫ってようやく、全速力で避難した。
この大雪崩の動画がある。ブログに動画のアップ方法が解らない。どなたか、教えて。
ちなみに、雪崩とは関係ないが、「アンナプルナ」はネパ-ル語でअन्नपूर्ण で「豊穣の女神」の意味。
それでは、アンナプルナⅠ峰北海道隊のベ-スキヤンプを襲った、懸垂氷河雪崩の写真を見てみる
前回のスキム・ブルム峰氷河雪崩6名死亡事故の報道テレビで写った北海道隊遭遇の氷河雪崩
アンナプルナⅠ峰北面 8,091m ABCから
テイリツオ・ピ-クからアンナプルナⅠ峰BCを襲う大懸垂氷河雪崩
雪崩につぶされた食堂テント
アンナプルナⅠ峰ベ-スキヤンプ