ネパ-ルの雪崩 その二 アンナプルナⅠ峰
前回はネパ-ルのランタンヒマ-ルの雪崩を写真で見てみた。
2015年4月25日のネパ-ル大地震があり、ヒマラヤ山岳上部の氷河が地震の揺れで大規模に崩れた。氷河の氷がそのまま流れ下ったのと、氷が流れ下る過程で小さな氷に砕かれて吹雪となって台風並みの強風となって村を襲った様子などの写真を見た。村全体を氷と土砂で押し流し村が跡形もなく削り取られた。それから2年が経過したその場所の写真では、その上に氷と土砂が覆いかぶさっている様子が見て取れた。多少氷が解けた以外は当時と変わらないような写真だった。
地震の発生が丁度お昼頃だったので、春のラリ-グラスの満開を見ながらの多くのトレッカ-が居ただろう。現地の住民とトレッカ-合わせて約300名が死亡・行方不明になった。
ネパ-ルの石楠花は日本のとは大分違い、大木の林が大輪の花を咲かせる。白色や真っ赤な花が咲きみだれるのは見事だ。3月のヒマラヤ低地帯から咲き始め3千mを超える地帯は4月末までが見ごろとなる。
日本の雪崩とヒマラヤの雪崩
雪崩は、日本国内では二種類に分かれる。雪崩を引き起こす弱層の上に降った積雪がなだれる新雪表層雪崩。それと他の一つは、地面から上部の積雪層の全てがなだれる全層雪崩。
世界的には日本の二種類の雪崩に加えて、氷河が在るヨ-ロッパアルプスやヒマラヤ地帯の氷河雪崩の三種類となる。
氷河は比較的傾斜の緩い斜面では、一日に数十cmから数m流れ下っている。地球上では氷河期とそれ以外の現在の様な温暖期が繰り返していて、氷河の最末端の舌端が溜まる期間と短くなる期間があるらしい。現在は世界のどこの氷河も、先端の舌端が温暖で溶けている情況が報告されている。
南極の傾斜の無い所では、氷河期に積もった雪が分厚い氷河となって残り、その部分が現在の温暖期で上部が解けることで、宇宙から降り注いだ隕石が多く発見されている。私の知人で南極観測隊員経験者が居て、南極観測時に隕石探しをして持ち帰った物を見せてもらったことがある。
ヒマラヤの氷河雪崩はどの様にしてなだれるのだろう
この私の書いた文書では、「雪崩」となだれる、を区別して使用している。名詞としての雪崩は漢字表記し、動詞としてはひらかなを使うようにしている。
急傾斜斜面で流れ下る氷河は、時として崩れる。それがハンググレッチャ-アブランチ(懸垂氷河雪崩)。斜面に迫り出した氷の塊が、自重で折れて急斜面を滑落しながら落ちてくるか、ほぼ90度の斜面であれば空中に飛び出して落下・転落しながら落ちることになる。
滑落や転落しながら落ちてくる氷雪崩は、傾斜の緩い場所まで氷のままのこともあるが、途中で氷が砕けて小さな氷になったり、ほぼ雪状態に砕けて猛吹雪状態になる場合など、自由と云おうかその変化は様々だ。
以前、北海道大学の低温科学研究所で氷河雪崩の研究をしていると聞いたことがある。科学的な解明が進めば氷河雪崩の事故は減るのだが、予算不足なのか積極的な研究をする人が少ないのか、研究結果の発表はなされていない。聞いた時からもう20年近く経過しているので、私達ヒマラヤ登山をしている者にとっては残念至極。どのくらいの厚さの氷河が、どのくらいの温度でどのくらい迫り出したら折れて崩れるのか、知りたいものだ。
アンナプルⅠ峰の雪崩
私が1991年プレモンス-ン季にアンナプルナⅠ峰8091m北面登山の時は、表層雪崩が数回発生した。私達の北海道登山隊よりも先行していた韓国隊が、標高6千mから7千mのキャンプ3からキャンプ4間で発生した表層雪崩で、ネパ-ルメンバ-4名と韓国隊員2名の6名が行方不明。
氷河雪崩も数回経験することになる。私たちの隊の3人が行動中、標高4千mから5千mのキャンプ1からキャンプ2間でなだれて一名が埋没した。アンナプルナⅠ峰は有名な鎌の形をした地形に鎌(かま)氷河と呼ばれる氷河がせり出している。1950年6月にフランス隊がここアンナプルナⅠ峰を、世界で8千m峰の初登頂をした時にも、この鎌氷河が崩れて雪崩に遭っている。
1950年はネパ-ルが130年間の鎖国から開国した年。イギリス隊がエベレストを初登頂するのは、それから3年後。日本隊が8千m峰のマナスル峰8163mを登頂するのは1956年。
アンナプルナⅠ峰はフランス隊の初登頂以後、多くの登山隊が雪崩死亡事故に遭うことになる。
そして今日まで、8千m峰では登頂者比較では最悪の死亡事故率の山となってしまった。
2010年頃の統計では登頂者数157名に対して死亡者数60名で38%の死亡率となる。
なんと8千m峰では断トツに高い死亡率を表している。死亡率の高さは、登攀の困難さをも内因させ、統計を見れば一目瞭然8千m峰14座中登頂者数は最低。
私達北海道隊の取りついたアンナプルナⅠ峰北面は雪崩に最適な角度の斜面なのだろう。懸垂氷河雪崩は傾斜は関係ないかもしれないが。アンナプルナⅠ峰の他の登攀できるル-トは南面となるが、これが8千m峰の中でも一番急斜面で、取りつきから頂稜まで一直線の壁となっている。
以下に日本ヒマラヤ協会のヒマラヤ山域の登山と遭難事故についての統計を見る。
8千m峰の登頂者数と死亡者の数、死亡率を以下に見てみる
8千m峰 登頂者数 死亡者数 死亡率
エベレスト 5104名 219名 4.29%
K2 302名 80名 26.49%
カンチエンジユンガ 243名 40名 16.46%
ロ-ツェ 396名 12名 3.03%
チョ・オユ- 2790名 43名 1.54%
ダウラギリⅠ 417名 62名 14.87%
マナスル 297名 58名 19.53%
ナンガパルバット 326名 68名 20.86%
アンナプルナⅠ 157名 60名 38.22%
ガッシャ-ブルムⅠ 298名 26名 8.72%
ブロ-ドピ-ク 358名 20名 5.59%
ガッシャ-ブルムⅡ 872名 20名 2.29%
シシャパンマ 285名 24名 8.42%
これは日本隊のヒマラヤ登山と死亡率の統計
2004年までの53年間をまとめている。8千m峰の死亡率はなんと2.3%。100名がエアポ-トで元気いっぱいに「行ってきます」と飛び立つが、その内2人は帰ってこない現実がある。6千m峰以上の山でも2%で似たり寄ったり。
他のスポ-ツでは絶対にありえない。例えば野球なら、1チ-ム監督を入れて10名、一試合20名でセリ-グとパリ-グの12チ-ムが6試合で120名なので、一日で2人が野球中に死ぬ。
日本人のヒマラヤ登山の死亡原因を見てみる。死亡総数288人中123人が雪崩で死亡している。行方不明が31人なので、この31人を他の死亡原因ごとに割り振りすると、雪崩死亡者数が137人で全体の47.5%になる。
8千m峰の死亡率が2.3%なので、その内の47.5%が雪崩死亡率で1.1%になる。日本人100名がヒマラヤ登山をするとその一人が雪崩で死亡することを現している。
ネパ-ルのラリ-グラス(石楠花)
どこの家でも枝ごと活けてある
ネパ-ルヒマラヤの最高峰サガルマ-タ峰(エベレスト)8848m
ロ-ルワリンヒマ-ルのカ-タン峰6853mのキヤンプ2からの眺望
アンナプルナⅠ峰8091m 北海道隊 1991年10月
頂上下部の鎌形から氷河がせり出している
アンナプルナⅠ峰 キャラバン途中のニルギリ南峰のトロブギン峠から
左から二番目アンナ頂上の右側の尖ったのはハング峰