ネパ-ルの世界自然遺産 エベレスト その7

 エベレスト街道のナムチェバザ-ルからタンボチェ3867mへは約6時間を要す。一度トゥドコシ川まで下って対岸に渡り、途中トレッキングの最奥地のゴ-キョピ-クへ向かう道とカラパタ-ルへ向かう道の分岐点を過ぎ、又川を渡ってそこから標高差600mの登り。

 私は出発地のルクラから頭痛の高度障害だったので、ナムチェから高度を下げて様子を見ればよかったが、タンボチェまで登ってしまった。その後も頭痛が取れず、仕方なくペリチェ4300mの病院に行って高山病予防の薬ダイヤモックスを飲むことになった。

 ナムチエを出発、シェルパ族の村クムジュンの家々や耕作地を眺めながら進む。すぐ近くにタムセルク峰6623mやカンテガ峰6685mを望みながらの、これがヒマラヤだ。すばらしい。タンボチェに到着すると、これから進む方向にアマ・ダブラム峰がどっしりと聳え、白い尖峰を天空に突き上げるようだ。クムジュンには1953年5月29日にエベレスト初登頂したヒラリ-の創設したヒマラヤ基金による小学校が1960年に作られ、次の村のパンボチェにも1963年に開校されている。

 ここタンボチェ村にはタンボチェゴンパがある。ゴンパは仏教僧院のこと。

 ルクラからトレッキングを楽しみながら歩く途中、マニ石や仏塔・祈祷旗などがチベット仏教の地を歩いていることを感じさせてくれる。

マニ石は石に「オム・マニ・ペメ・フム」など教義文字が刻まれ、信心深い人はこの石が並んだところでは右回りに歩く。仏塔はストゥ-パと呼ばれ、祈祷旗は五色の旗がなびくタルチョと呼ばれる。所には大小の回る車が列を作っているマニ車を廻しながら、これも右回りに歩く。

 タンボチェで是非見てほしい場所が二か所ある。村の中心になっているタンボチェゴンパ。それと1982年冬季エベレスト登頂し、シ-ズン登頂の記録を作った加藤保男の碑。

 タンボチェゴンパは1989年に火災で焼失。中にあった経典や壁画なども焼失した。再建はヒラリ-の基金初めアメリカの遺産基金や世界の登山愛好者のカンパで、1993年9月に完成した。

 加藤保男の碑は村から少し離れた場所にある。彼はエベレスト登頂後、日暮でビバ-ク。そのまま帰って来ることはなかった。私はその一年前に、次の年にアタックする山の偵察山行の帰り、マナスル登頂した彼と帰国を一緒していた。タイのバンコク経由で帰国の途、バンコクのホテルでは費用を安くするために同室し、前のエベレスト登頂時の手足の凍傷跡を見せてもらったのを想い出す。足の指は10本とも無く、指のもっと上側の足の甲まで、手術で削り取られていた。碑はエベレストを遠望する場所に静かに佇んでいる。

 

 加藤保男さんは1973年10月26日、ポストモンス-ン季のネパ-ル側エベレスト登頂。 1980年5月3日、プレモンス-ン季にチベット側から登頂。 1982年12月27日、冬季ネパ-ル側から登頂。 1973年の登頂後にビバ-クし凍傷、足の指10本と手の指3本をなくしている。

 

クムジュン村

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パンボチェ村と畑

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パンボチェ村の小学校看板

 

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パンボチェゴンパ

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タンボチェの入口 奥には仏塔

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タンボチェゴンパの全景

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タンボチェゴンパとアマダムラム峰

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タンボチェのロッジとロ-ツェ  ロ-ツェ南壁から顔を出すエベレスト

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エベレストを遠望する加藤保男の碑

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バンコクのレストランでの夕食 1981年11月 左が若いころの私

1981年10月無酸素マナスル登頂後の右から加藤保男さん 尾崎隆さん

1996年の第1回植村直己冒険賞を受賞した尾崎隆さんも2011年5月エベレスト頂上直下で亡くなる

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タルチョがはためく

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タンボチェの出口

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