ネパ-ルの王宮と寺院や仏塔 その百十七回目
カトマンドゥ市内のボダナ-ト仏塔
ボダナ-ト・ストゥパ-Boudhanath その十三回目
前回は、ボダナ-ト仏塔本体以外の、周囲にある色々なものの写真を見た。
今回の写真は、2015年4月25日午前11時56分、ネパ-ル全土を襲ったネパ-ル大地震で、ボダナ-ト仏塔は壊れ。わたしは、震災後1年6ケ月後に訪れてみた。
大きな仏塔の饅頭型のド-ムと、その上部が地震の揺れで壊れた場所の修理修繕作業の真っ最中。
ド-ムは亀裂が入ってヒビだらけ。ド-ム下部の108体の仏像をおさめている部分の全部が改修。
そして、ド-ムからテッペンまでの全てを、一度解体して組み直し中。揺れで横にずれてしまった。
ボダナ-トに巨大な足場が組まれ、多くの職人たちが作業していた。
カトマンドゥ盆地の先住民はネワ-ル族で華麗絢爛なネワ-ル文化
ここカトマンドゥ盆地の寺院や仏塔など、数々の建築物は、ネワ-ル文化と云われる中世からの文化遺産になっているほど。
ネパ-ル大地震で壊れた文化遺産の修復作業に従事しているのは、全員100%ネワ-ル族の人達。
わたしのネパ-ルのライ族の友人が、わたしに質問。
ネパ-ルには、ネパ-ル人の友人が居る。ネワ-ル族やライ族、グルン族等々。
ライ族の友人がわたしに、地震で壊れた建築物の修理は、どうしてネワ-ルだけなのか、と聞いてきた。
学校の授業に、ネパ-ルの自分の住む「ネパ-ルの歴史」が有るのかどうか。歴代ネパ-ル国王やヒンドゥ-教の授業はあるが、街々にある寺院や仏塔の歴史は学習しているのだろうか。
どうして、外国人のわたしが、ネパ-ルの歴史や文化についての説明をしなければならないのか。
カトマンドゥがネパ-ルと云われていた大昔、その後の15世紀くらいからのカトマンドゥ盆地のネワ-ル族文化の繁栄期。金銀彫刻や木彫刻、三重塔や四重の塔の建築技術など。
最新のネパ-ルの識字率
2015年の日本政府の世界統計より 63.9%
修復中の最上部には、ブッタ・お釈迦様と経文