ネパ-ルの世界自然遺産 エベレスト その4

 ネパ-ルの世界自然遺産のエベレストエリア・その4は、ナムチェバザ-ルNamche bazarとその周辺。

 パグディンに一泊した早朝、ロッジの窓からヌプラ峰頂稜の朝焼けを見上げて一日がはじまる。今日は途中に宿泊するバティなどがない街道だ。ナムチェバザ-ルまで約7時間も歩くことになる。コックを連れないパ-ティは、パグディンで弁当を作ってもらう。

 ルクラから一気にナムチエに来れないこともない、が、標高が2800mを超えているので、できれば一日に500mの高度を越えない行動が求められる。これが高度順応の基本で、高山病を事前に防止する いろは である。1350mのカトマンドゥから2800mに到達するのに一日で行くのか二日かけるのかは、その後の行動にも関わってくる。普通はルクラから二日目にナムチェに入り、ナムチェでは二泊以上の滞在をする。ナムチェの標高は3450m。

 人間は不思議と云おうか面白い動物で、環境に対応する様にできている。ランニングすると必要な酸素を体内に取り込もうと呼吸を早める。登山などで酸素が少なくなると、その酸素を多く運ぼうとして赤血球ヘモグロビン)が増加する。身体が気圧の低さや酸素不足を感じると、赤血球を増やして対応するのである。ランニングしている時のように呼吸を早くして酸素を肺から体に取り込むには限界がある。一日中早呼吸をしている訳にはいかない。そこで赤血球を増やして、その増加した赤血球に酸素を付けて体内に運ぶことにしたようなのだ。この赤血球、一週間から10日で倍の量になるらしい。

 高度を上げると気圧と並行して酸素濃度も薄くなる。標高4千mでは平地の酸素の三分の二。エベレストの8848mでは三分の一以下にな。二倍の赤血球なら二倍の酸素を体内に運ぶので、半分の酸素状態に対応できる。標高5千mから6千mくらいが酸素50%なので、人間はこのくらいの高度で生活できることになる。それ以上はムリ。

 2840mのルクラに降り立った時からズ-ッと、身体は異常を感じて赤血球作りに励んでいるはず。

 登山隊は手のひらに乗るくらいの軽い「パルスオキシメ-タ-」という器具を持参して、毎朝登山隊員全員の血液中の酸素濃度を測定する。平地なら100を提示するが、高度を上げると90や80になり、その高度に留まるか高度を下げることになる。このパルスオキシメ-タ-最近は病院でも使うらしい。病院で90や80を差すとどうなるか。医師や看護師さん等は驚いて、即酸素吸入をすることになる。山では普通に出る数字。

 赤血球が増える。このことも後々厄介なことなのだ。さらさらと流れる血の中に粘りっこい赤血球が増えると、毛細血管などは血液の流れが遅くなったり、流れなくなったりするらしい。脳梗塞だ。低い気圧や低酸素で高山病の脳浮腫になるが、もう一種類の脳梗塞の危険も追加になる。ドロドロの血液をサラサラにするには、水を毎日4L飲むのを強いることになる。

 ヒマラヤの高高度・高標高の登山は楽しさを求めて行うのだが、残念だが楽しさの反対の苦しさが求められる行為なのだ。

 私がヒマラヤ登山をしていた時代にパルスオキシメ-タ-は無かった。その代り体がメ-タ-だったのを想い出す。普段は上り坂を普通に歩いていたのが、体内の酸素不足の時はその速度が遅くなるので判った。標高差10m歩くのに10分も20分もかかつた。挙句の果てにネパ-ル人のガイドに担がれて、標高差500mを下ろされたこともあった。そのガイドは背に居る私の安全のために、靴を履かず素足で岩場を歩いてくれた。足の裏は足場をしっかり踏み、滑らないのだ。

 風邪の症状や歩行速度が遅くなるのは高度障害の証拠で、それに対応した下山や停滞をしないと、高山病へと進みアッという間に死んでしまう。

 そういう訳で、ナムチェバザ-ル3450mでは、高度順応のために最低で二泊する。積極的な高度順応の行動は、昼高く夜低くが良い。何度もヒマラヤ登山をしている人達の合言葉は昼高夜低。ナムチェから標高で500m以上高い所にゆっくりユックリ登り、ここで高高度を体に覚えさせてナムチェに戻って就寝。身体は高高度にビックリして赤血球作りを早めるかもしれない。

今回も話が横道に歩き出してしまった。

ナムチェバザ-ルとその周辺を紹介する。

 昔のナムチェは普通のシェルパ族が住む町だつた。エベレスト街道と云われるくらいの登山隊やトレッカ-で賑わうと、チベットとの交易路や農業よりも、外人相手のロッジやレストラン経営のシェルパ族が当然に増える。需要と供給のバランスが保たれるのが世の常。ぽつんポツンの家は密集する位のロッジが並び、ルクラの町と同様な発展を遂げた。

 今では土曜バザ-ルが定着している。バザ-ルのために土曜日の朝までに遠くから売り荷を担いでくる人々、又バザ-ルの買物に遠くからくる人々達で溢れている。この街、ルクラも同様だが、コ-ヒ-専門店やベ-カリ-・ピザ店など、カトマンドゥかと間違えるほどの盛況だ。

 ヒマラヤの様子はと観回すと、隣のロ-ルワリンヒマ-ルとの境の山々や、町から少し歩くとヒマラヤの峰々が白く立ち上がっていて、ヒマラヤに来たことを感じさせてくれる。

 写真に「ナムチェバザ-ルとクワンデ峰6011m(6186m) 」が出てくる。山の標高が二つならんでいるが、これネパ-ル政府が法律や閣議で決定した標高と地形図の標高。世界中で購入できる地形図の標高はカッコ書き()で表示した。

 一度ネパ-ル政府が法律や閣議で決定した標高は、これが正式の標高となる。タイプ(ワ-プロ)ミスで発表されても、法律の改正が無い限りは正式となる。山岳名も同様。

 次回はクワンデ峰6011m北壁の登攀を紹介しよう。札幌登攀倶楽部会員二名の記録。

 

ナムチェバザ-ルの入口

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1992年の街と2005年の街の違い

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経文の岩

 

 

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朝のクワンデ峰

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土曜日のバザ-ル

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バタ-売り

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ナムチェのロッジ建設現場

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街の上には陸軍が駐留 墜落したヘリの残骸

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クンブラ峰

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ナムチェバザ-ルNamche bazar とクワンデ峰 Kwande 6011m(6186m)

1992年と2005年 

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