ネパ-ルの功徳

ネパ-ル人の功徳生活

前回は、西洋あさがおのフライングソ-サ-について、写真で見てみた。

ネパ-ルの道端に咲いてるネパ-ルのあさがおの種を、札幌に持ち帰って植えてみた。日本のあさがおとネパ-ルのあさがおは、ほとんど変わりなく、色と柄そしてサイズもほぼ同じ。西洋あさがおは色がブル-で、大きさも柄も全く異なることが分かった。日本のあさがおとネパ-ルのあさがおが、ほぼ同種に見えて、西洋あさがおに比較してアジアあさがおなのだろう。

さて、今回はネパ-ルのことがらに再戻りして、ヒンドゥ-教の国ネパ-ル人の功徳を考えてみる。

 

日本人の読経とネパ-ル人の読経

 ネパ-ルでは、どこを歩いていても、どこに居ても、目につく功徳がある。それは、チベット仏教寺院や僧侶などの読経だ。僧侶がお経を読むのは、信心もあろうが、それがその僧侶の一生の仕事でもある。ネパ-ルでは僧侶以外の一般市民も、熱心に読経をしている。そして、「マニ車」をクルクルと廻して、それがお経を唱えたと同じ功徳とされている。「マニ車」は、クルクルと回る回転式のお経が書き込んであったり、回転筒の中に経典が収められているもの。大きさは10センチmくらいから数mの大きなものまで様々。手に持ってクルクル廻したり、寺院入口などのマニ車部屋に巨大マニ車が収められている。

 チベット仏教五体投地も功徳の一種類なのだろう。チベットカイラスへ巡礼へ向かう途中、五体投地は一歩進むごとに前方へ身体を投げ出し、お経を唱えながらの巡礼方法。カイラス巡礼に限らない、巡礼目的地への進行(信仰)方法。

それでは、この読経がとうして功徳なのだろうか。考えてみたい。

 日本人とネパ-ル人で、全く異なる生活がある。日本人も、例えば私の家の宗派が真宗大谷東本願寺派では「南無阿弥陀仏」を唱えると仏教経典を読んだのと同等の功徳があるとされている。日本人が仏壇の前でロ-ソクに火を灯し、線香を焚き読経するのは、ほとんどが先祖に対するお参りの意味。宗教的にはこのことが功徳となつている。

日本人の読経とネパ-ル人の読経は、一見同じに見える。

日本人とネパ-ル人では、功徳の意味が異なる

 わたしは10年前から、一年の内数か月をネパ-ルで生活している。この10年のネパ-ル暮らしから、ネパ-ル人の「功徳」の意味が、日本人のそれとは違うのではないかという印象を濃くしてる。

 ネパ-ル人の80%はヒンドゥ-教徒で、ヒンドウ-教の国と云われている。日本人でヒンドウ-教を信仰している人は、わたしの周りには居ない。ヒンドゥ-教の教義は、輪廻転生を教えている。

 輪廻転生とは人が死亡すると、動物に生まれ変わること。日本の宗教感では、死亡すると天国に行けるか地獄か、くらいにしか考えが及ばない。生前に善い行いをしたりお経を唱えて、天国に行く徳を積む思考だ。

 ネパ-ルのヒンドウ-教は、輪廻転生で生まれ変わる動物の内、また人間として生まれ変わるためには、功徳を積むことを強いている。ネパ-ル人の全員が人間以外の動物よりも、また人間として生まれ変わることを願っている。これが、わたしがネパ-ル生活で感じて得たネパ-ルのヒンドウ-教観だ。ネパ-ル人の生活観と云っても良い。

 人を傷つけたり物を盗んだりの悪事は、それまで積んできた功徳が一瞬のうちにご破算になり、振出に戻ることとなる。だから、人間に輪廻転生することを一心に願うヒンドゥ-教徒は、一生功徳を積む生活を願望する。そして、その一生の功徳生活自体が、その人の心安らかな日々となる。

 

日本の功徳としての読経

 佐々木幹郎さんの著書「カトマンドゥ ディ ドリ-ム」に面白い記述が有ったので紹介する。月刊誌や新聞の記事を一冊の本としてまとめて出版したもので、五柳書院発行、1993年初版。少し長文になるが。53pに。

日本の寺院(密教系)でときおり見かけるのだが、経典を収めた回転書庫というものがある。お経が詰まった書庫を轆轤(ろくろ)のように手で回転させながら、「南無阿弥陀仏」と唱えれば、一回転させるだけで一切経仏教聖典の全て)を読んだのと同じ功徳がある、というものである。

これと同じ趣向のものに、例えば、僧が読経しながら、葛折(つづらお)りにした経典を右手から左手へ波打たせるようにして移し、(右手を高く上げているので、葛折りの経典はバサバサと音を立てて下げ落ちる)、次は経典を受け止めた左手を高く上げて右手へ移すことを繰り返す。という行為がある。お経を読む声はその間も続いているのだが、この両手の行為は回転書庫を廻すのと同じく、お経をたくさん読んだのと同じ効果を持つ、と考えられる。

ラフカディオ・ハ-ンは「怪談・奇談」の中で、回転書庫を轆轤のように廻すことが、「六千七百七十一巻の仏典」を読破するのと同じ功徳がある、という事例をあげて、これを「日本には古くからある奇妙な信仰」だ、というふうに紹介した。もちろん、「古くからある」ことは確かだが、こうした信仰は日本人が固有に編み出したものではなかった。密教文化が日本に入ってきてから、中世以降、日本式に変形したことは確かだが、もともとは仏教の発生したインドから始まり、ネパ-ル、チベット、中国を通じてもたらされた風習であった。

  

カトマンドゥのチベツト仏教寺院のストゥパ(仏塔)ボダナ-トにはマニ車が一周していて、夕方になると地元の人達が右回りにグルグルとお参りする

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ボダナ-ト 2015年4月25日のネパ-ル大地震で壊れ修復中

下部の一周するマニ車 一つの窓に5個のマニ車

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アンナプルナ街道・マルファ-の寺院にあるマニ車

マルファ-村には、明治時代に河口慧海チベットへ仏典を求め滞在   

河口慧海ミユ-ジアムがある

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スワヤンブナ-トは小高い丘の上に立つチベット仏教寺院

丘の下部には何百mにわたってマニ車が設置されている

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佐々木幹郎著 カトマンドゥ・ディ・ドリ-ム

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