ネパ-ルの楽しいトレッキング 第51回

ネパ-ルの楽しいトレッキング その五十一回目

エベレスト街道・トレッキング(ソルク-ンブヒマラヤSol  khumbu)の十二回目

前回はナムチェバザ-ルを写真で見てみた。

今回は、ナムチェから歩いて2時間のところに住んでいるネパ-ル人の友人に会いに行く。

ナムチェバザ-ルから徒歩2時間 シエルパ族の友人と再会

急登の標高差600mを登ってナムチエの町に到着。

 ルクラにフライトから降り立った時から軽い頭痛が続いていた。わたし達は、最低で二日間を高度順応のために、ここナムチェに滞在する。

 ナムチェからは、ここの上部に聳えるクンビラKhumbul Yui Ia 5761mを見て、ドウド・コシ川の二俣を本流の右股へ進むと、目的地のカラ・パタ-ルへ行く。ナムチエから3時間歩くと次の村シャンボチェ。ここには日本人が建設した、有名なエベレストビユ-・ホテルが建っている。このエベレストビユ-・ホテルについては後日の話題に。

 そして左股を進むとその先はチベットへ。わたしの友人が住んでいるタ-メThameは、ナムチェから左股のナンボ・ツァンポ川に沿った道を二時間で着く。

 彼はこの地域一帯に昔から定住しているシエルパ族で、日本人の登山ガイドをしている。日本人のヒマラヤ登山者の間では超有名な人。名はペンパツェリン。私の友人がエベレスト登山の時も、サ-ダ-(シエルパ頭)として、エベレスト登頂に貢献している。

 登山隊のガイドとして仕事をする時は、カトマンドゥのエ-ジェントからタ-メの自宅に電話がくる。そしてルクラ飛行場に下山してカトマンドゥにフライトする。ネパ-ルのフライト利用金は、ネパ-ル人は割安。国内線フライトなら、外国人の三分の一。

 タ-メ村に今滞在しているのかどうか分からなかったが、とりあえず会いに行くことにした。ナムチエに着いた次の日、2時間歩いて丁度お昼ご飯になるように、ナムチエを9時に出発。   

 村までの道はほとんど上り下りの無い。11時に到着すると、ペンパツエリンさんは居た。今日は次男坊と二人。奥さんはヤクのドライバ-をしていて、今日はアマダブラム峰6856mの登山隊の荷物をヤクに運ばせるために出かけていた。ヤクは二頭飼っている。ヤクは一頭で60kgの荷物を担ぐ。二頭で人のポ-タ-4人分の稼ぎになるらしい。

 ペンパツエリンさんは四人家族。長男は寺院のお坊さんになっている。ここら辺の家族では、沢山の子供がいる家では、誰か一人はお坊さんになっているのが普通、とペンパツエリンさんの話。

 ペンパツエリンさんの家に到着してすぐ、お昼ごはんを作ってくれる様にお願いする。次男の息子さんと一緒にダルバ-トを作っている間に、家の中を見せてもらう。広い家で、柱や梁は太い木材を使っていて、贅沢なお金持ちの家。さすが登山ガイドの稼ぎの良さが窺える。

 

登山ガイドの収入

 ちなみに、登山ガイドの稼ぎだが、現在のエベレスト登山では、60日から90日の期間が必要で、日当と装備代を合わせて40万~50万Rsルピ-になる。ネパ-ルの物価から日本円換算すると約10倍から20倍の価値。カトマンドゥの諸物価は高いが、野菜は超安くて日本の二十分の一。1Rs=1円なので、エベレスト登山の高所ガイドをすると、日本円に直すと400万円から1000万円の収入になる。日本人の一年間の所得を三か月で稼ぐことになる。ネパ-ル人ガイドの登山中の死亡率を考えると、何も高くはないのだが。ネパ-ルのエ-ジエント会社に所属しているが、お客はUS$ドルでエ-ジエントに支払うので、円とRSルピ-の価値の差が高収入となる。

 トレッキングガイドは日当のみの収入だが、ハイポ-タ-や高所ガイドは、日当の他に装備費の収入が加算される。この装備費、高所の登攀やル-ト工作に必要な個人装備を購入する費用。冬山の衣服やアイゼン・ピッケルなどの登攀装備など一式が必要になる。一度全装備をそろえると、二回目からは破れたり壊れた装備の買い替えだけで済む。

 ガイドの収入は、二回目からも新たに全装備の購入代金に相当する金額が支給される。一回目に残しておいた装備を二回目以降に使用するので、ガイドにはお金だけ入ることになるのだ。

 

 お昼ご飯のダルバ-トを皆で食べながら、おしゃべりが続く。ペンパツエリンさんが日本へ招かれ、各地を訪れたことが掲載されている山岳月刊誌「岳人」を見せてもらう。

 ペンパツエリンさんとは、このトレッキング以後、カトマンドゥ滞在中やアンナプルナトレッキングなどをしている時に度々会い、お酒を重ねることとなる。彼、日本人のガイドをしているが、日本語がダメ。普通日本人相手のガイドは、普通に日本語を覚えて、親しく日本語で話し合うのだが、どう云う訳なのか分からないが、英語で通しているらしい。

 5年ほど前、登山中にクレパスを飛び越えるのに足を捻挫。自分を雇ってくれた日本人に申し訳なく、又自分の60歳の年齢を考えて、以後はトレッキングガイドになってしまった。

 

クワンデ北壁新ルート

 タ-メ村からはナンボ・ツァンポ川を挟んで、向かい側にはクワンデ峰が聳えている。このクワンデ峰6,011m(6,187m)北壁に新ル-トを開いた札幌登攀倶楽部の中川博之と伊藤仰二がいる。2002年11月14日~12月25日(12月7日~15日登攀)の記録は、このブログの2016年11月30日(水)「ネパ-ルの世界自然遺産 エベレストエリア その5」で見てもらおう。北海道勤労者山岳連盟創立40周年記念誌より

 

ペンパツエリン宅にて  左・ペンパツエリン・シエルパ  右・息子次男

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ペンパツエリンの野菜畑

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アンナプルナヒマ-ル マルファ村のロッジ 左がペンパツェリンさん

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タ-メThame 村から奥地に聳えるテンギリ峰

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タ-メThame 村からクワンデ峰Kwangde

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クワンデ北壁の登攀

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