ネパ-ルの楽しいトレッキング 第47回

ネパ-ルの楽しいトレッキング その四十七回目

エベレスト街道・トレッキング(ソルク-ンブヒマラヤSol  khumbu)の八回目  番外編・エベレスト街道以外の世界遺産 カトマンドゥ盆地

 楽しいネパ-ルトレッキングで、エベレスト街道が世界自然遺産なので、ネパ-ル国内の他の世界遺産を写真で見ている。

 前回まで、ネパ-ルの世界遺産のうちエベレスト街道とチトワン自然遺産やルンビニ文化遺産を見てみた。

今回は世界文化遺産のうちのカトマンドゥ盆地を写真で見てみる。

 

カトマンドゥ盆地

ネパ-ルの首都カトマンドゥ市内の4ケ所を含む、カトマンドゥ盆地内の7ケ所が世界文化遺産登録されている。 

①パシュパティナート寺院

ハヌマンドカ(カトマンズ旧王宮広場)

③パタン旧王宮広場 

④バクタプール旧王宮広場 

⑤スワヤンブナート寺院 

⑥ボダナート寺院 

⑦チャングナラヤン寺院 

 

世界文化遺産 カトマンドゥ盆地 ①~⑦ काठमाडौं उपत्यका

1979年カトマンドゥ渓谷(盆地)として世界文化遺産登録。

 ①~⑦は全てカトマンドウ盆地内にあり、盆地内にまとまってこれだけ沢山の世界文化遺産があるのは世界でもネパールだけ 

 カトマンドゥ盆地はネパ-ルのほぼ中央に位置し、標高は1350m、東西約25km、南北約19km

かっては栄光の都(Kantipur)と呼ばれていた 

急激な都市化と維持管理体制などにより、一時期この世界文化遺産危機遺産の指定 を受けていた 

 

国際連合ユネスコ世界文化遺産として登録される条件

この世界文化遺産国際連合ユネスコ世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録される

(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠

(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例

(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と、直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)

 

では、カトマンドゥ盆地の世界文化遺産7ケ所を写真で見てみる

① パシュパティナ-ト寺院 Pashupatinath (Temple of livingbeings)

 ネパ-ルの首都カトマンドゥの空の玄関口トリブバンエア-ポ-トのすぐ近く、ガンジス川の支流バグマティ-川の川沿いにあるシヴァ神を祭るネパ-ル最大のヒンドゥ-教寺院。

 シヴァが滞在したとの言い伝えのあるこの地は、はるか1,500年以上も昔から巡礼の地となっており、インド大陸四大シヴァ寺院の一つにも数えられ、ネパールでは最高の聖なる地である。

 パシュパティナ-ト寺院で行われるお祭りには、インドから多くのヒンドゥ-教徒が、バスを連ねて訪れる。

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火葬ガ-ト

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寺院はヒンズー教徒以外立ち入りが禁止になっている      

西側の門のほうに行くと、金色のナンディ(牡牛)    

のお尻が見える 

ナンディはシヴァ神の乗り物である

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バチャレシュワリ寺院(Bacchareshwari Temple)がある

6世紀に建てられたタントラ密教の寺院

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パシュパティナ-ト寺院入場料 1000ルピ-

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 ② ハヌマン・ドカ ( カトマンドゥ旧王宮 )Hanuman Dhoka

カトマンドゥ市内の西側に位置する。現在の建物は、17世紀のマッラ王朝時代に建てられた。

 「ハヌマン」はヒンドゥ-教の猿の神、「ドカ」は門。門の脇に猿の像があることから、ハヌマンドカと呼ばれている。ハヌマン(神猿)は戦争に勝利をもたらす英雄として扱われる。

 東側にある外人街のタメルから、バザ-ルの連なるタヒティ チョ-クやアサン チョ-クなどの広場を抜けて寺院が点在するダルバ-ル広場の中央部に旧王宮がある。

 ダルバ-ル広場からなお西に移動すると、下町内に白い塔のビムセンタワ-(ダ-ラハラ)が建っている。

 

ハヌマン・ドカ ハヌマン」はヒンドゥ-教の猿の神、「ドカ」は門

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カトマンドゥ旧王宮

内部はレンガと木造で8階建

旧王宮左隣の白い建物の西洋風のファサ-ド 

19世紀のラナ家専制時代に増築された

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旧王宮の中庭から見たところ

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王宮を上から眺める

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クマリの館 Kumari Bahal

ダルバ-ル広場の南側、木彫りの窓枠が施された建物。

女神として崇められるクマリが住む。

 クマリ族の僧侶や金細工カ-ストのサキャ家族から、初潮前の少女が選ばれて、神々としての「人間の姿をした女神」のふるまいを教え込まれる。日常的に病気からの回復や願望成就の祈願を行っている。

 クマリは、各地の町や村、パタンやバクタプルなどにも居るが、前国王の運命を予言するのはここのクマリだけだった。9月大祭のインドラ ジャトラとダサイン大祭にクマリの乗った山車が三日間の間街中を巡る。

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左・ナラヤン寺院  右・シヴァ寺院 お祭りでごった返している

2015年4月25日 ネパ-ル大地震で全倒壊した

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ナラヤン寺院前のガル-ダ像

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シィヴァ バアルヴァティ寺院

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タレジュ寺院 16世紀中マヘンドラ マッラ王建立

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カ-ラ バイラブ

シヴァ神の化身である恐怖の神。この神の前で嘘をつくと即座に死ぬ、と信じられている。

この前で裁判が行われていた時代があった。

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世界遺産ハヌマン・ドカのエリアから少し離れたビンセンタワ-

ビムセンタワ- Bhimsen Tower(ダ-ラハラ Dharhara)

旧王宮を見下ろす様にそびえる。高さ約61m

1832年ビムセン・タパ首相によって建立

1934年の地震で上部が折れ、その後再建された

213段のらせん階段 

レンガと石灰で作られ、なんと接合剤に砂糖(キャラメル)が使われているとか 

2004年より公開

2015年4月25日ネパ-ル大地震で全倒壊

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ハヌマン ドカの入場料 750RS  2014年9月

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③ パタン旧王宮広場

パタンはカトマンドゥからバグマティ-川を挟んで南方に約5km。

299年に築かれた古都で、現在でもネワール族の金銀細工、木彫り、絵画など工芸の街である。
 王宮の広場には、12~17世紀に建てられた寺院が多い。又、広場を取り囲むように半径300m~500mに多くの寺院と塔が散在する。

紀元前250年前に、インドのアショカ王が建立した4塚(ストゥ-パ)がある。
 パタンは別名で、梵(サンスクリット)語の「ラリトプル」とネワ-ル語の「イェラ」がある。ラリトプルは「美の都」と言う意味。

広場を取り囲む市内は、シャカ王国時代からの氏をシャキャと名のる仏像工芸者が居る。

 

王宮前広場

 右側の建物が、手前からスンダリ チョ-クとムル チョ-ク、その右奥にタレジュ寺院、奥の三重屋根のマニ・ケシャブ・ナラヤン チョ-ク。

 1734年に完成した王宮。マニ・ケシャブ・ナラヤン チョ-ク、ここは民家として使われていたが、1997年にパタン博物館になっている。

博物館にはヒンドゥ-教と仏教の神像や装飾品が展示されている

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手前からシッディ ナラシン マッラ王像 ガル-ダ像 ヴィシュワナ-ト寺院 ビムセン寺院

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ジャガナラヤン寺院・左  右・クリシュナ寺院

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ハリ・シャンカ-ル寺院

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シッディ ナラシン マッラ王像

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クリシュナ寺院

20ルピ-紙幣にクリシュナ寺院が描かれている

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ヴィシュワナ-ト寺院と二頭のゾウ

裏口にはシヴァの乗り物の牡牛の石像

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パタン入場料 500ルピ-(2013年10月)

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バクタプ-ル王宮広場

カトマンズ市内から東方13km。

 盆地内でカトマンドゥ、パタンに次いで三番目に大きな町。古都は889年に創建され盆地全体の首都であったが、15世紀から18世紀のマッラ王朝時代には3王国の一つであった。

バクタブルとは「信仰の街」「帰依者の町」の意で、別名バドガオンともいわれている。
 旧王宮には「55窓の宮殿」といわれる美しい彫刻が施された窓が並び、55窓の内側は王の寝所となっていた。旧王宮前広場はたくさんの寺院で囲まれているが、1934年の地震で取り壊された寺院も多い。

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左からゴ-ルデンゲ-トと55窓宮殿 ブパティンドラ マッラ王像右にパシュパティ-寺院

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2ケ所の寺院群をつなぐレンガ道路

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左・ビムセン寺院  右・ダッタトラヤ寺院

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ネワ-ル族が1703年に建てたニャタポラ寺院。

 プパティンドラ マッラ王の建立。インドの神話に由来した5対の象は二人の伝説上の普通の人間の十倍強い英雄、後ろに二頭の像、二頭の獅子、二頭の龍、虎の女神ナギ-ニと獅子女神シンギ-ニと続く。

1950年代は象が色づけされてい

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バイラヴナ-ト寺院

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スン ドカ(黄金の門

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1950年代黄金の門の前にあるランジット マッラ王像

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現在のランジット マッラ王像

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ネワ-ル彫刻 孔雀の窓

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100ルピ-札にはニャタポラ寺院が描かれている

高さ30m カトマンドゥ盆地では一番高い寺院

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バクタプ-ル入場料 1100ルピ- (2013年10月)

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⑤ スワヤンブ-ナ-トSwayambhunath

 カトマンズの西方3kmにあり、400段に近い階段の丘の上に建つストゥーパ(仏塔)様式の仏教寺院である。

現在はサルが多いことから「モンキーテンプル」とも呼ばれている。東南アジア最古の文化遺産
全インドを最初に統一して帝国を築いたとされるアショ-カ王が紀元前約250年頃に建立している。

 ストゥーバ(仏塔)の高さは9m、直径18mで大きな目玉が描かれている。四面についた目は森羅万象を見通す仏陀の目で「みすえる知恵の目」である。タルチョーの小布は、経文が刷られ黄、緑、赤、白、青の五色からなり、これらは黄が大地、緑が水、赤が火、白が風、青が大地で大宇宙を表わしている。この寺院からはカトマンドゥの市街が一望される。

 スワヤンブ-ナ-トは万物の創造者と言う意味。直訳すると「自存者寺院」で、ブッタのシヤリラ(遺骨)が分骨された本物の仏舎利塔ではなく初念仏である。なおこの仏塔は正確にはストウ-パではなく、マハ チャイテャ(大チャイテャ=塚)と呼ばれる。また仏塔の西北隅にある堂が、その形状からヒンドゥ-教の寺と勘違いされ、仏教ヒンドゥー教が共存している象徴として紹介されることがあるが、実はこれは鬼子母神堂(ハリティ)であり、仏教寺院であってヒンドゥー寺院ではない。仏塔の墓室を開くことは禁じられている。

 1825年に頭部の宝珠を支える木製の支柱が嵐で割れ、交換のために開かれたが、仏塔の起源と建立年などを記した置物などを調べることをしていない。またとないチャンスを逃してしまった。

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スワヤンブ-ナ-ト入場料 200ルピ- (2013年10月)

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⑥ ボダナ-ト Boudhanath

 カトマンズ市内から北東8kmに、直径27m高さ36mの世界最大級のストゥーパ(仏塔)。現在はチベット仏教ラマ教)寺院である。アショ-カ王が紀元前約250年頃に建立し、東南アジア最古の文化遺産

 シェルパ族などの仏教徒にとって、カトマンズ第一の聖地であり、ヒマラヤ登山の際は、必ずといっていいほどこの寺にお祈りをして出発するといわれている。昔からチベットの僧侶も訪れている。

 礼拝者は絶えることがなく、夕方になると、時計回りに700個の経文が彫られたマニ車を回しながら、「オムマニ ペメ フム」とお経を唱えながら歩く姿が見られる。オム マニ ペメ フムは、マニ車(コル)に刻まれているチベット仏教の祈りの言葉マントラ真言)である。「おお、蓮の内なる宝珠よ」と直訳し、「現世では罪深い私も、泥の中で育って美しい花を咲かせる蓮のように、来世ではより幸せになりたい」という、輪廻転生の信仰の真言である。以前は最高の礼法である五体投地の巡礼者が見られたが、現在は観光の邪魔になる理由で、片隅に投地台が置かれている。

 ボダナ-トは直訳すると正覚寺。ボダナートの「ボダ(ボゥッダ)」は「仏陀の」「仏教の」「知恵の」を意味し、「ナート」は「主人」「神」などを意味する。仏塔の台石は、チベット仏教の宇宙と精神力を象徴する円と正方形が幾何学的に組み合わされ、曼陀羅の形になっている。

 三重になった外周の円(巡礼の宿坊と環道、無数のマニ車の外壁より成る)は、終わることのない生と死の繰り返し、つまり輪廻を表現している。これは、仏陀の教えで人間が輪廻の束縛から解脱できることを表している。

 又、ひな壇式になっている四角い基壇は大地を、その上の土饅頭のような伏鉢は水を、また上へ行くほど細く尖ってきている塔の13の相輪は火を象徴していて、悟りに至る行程が示されている。

 これらの相輪の先端には風を象徴する傘があり、ストウ-パの頂には空を表す宝珠(月と太陽で象徴されている)が載っている。こうして、宇宙を構成する五大が仏塔によって表現されているわけで、無限と永遠を形象化している様式はネパ-ルしか見れない。

 「みすえる知恵の目」は、知恵の化身である蓮の花の形をした広目が四方を睥睨(へいげい=流し目でにらむ)し、森羅万象を見通している。

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現在のボダナ-トと昔のボダナ-ト

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ボ-ダナ-ト入場料 150ルピ-(2013年10月)

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⑦ チャングナラヤン Changu Narayan

 カトマンドゥ盆地の東端で標高1541m、

 バクタプルから北へ6km。バクタプルの田園を見下ろすように丘に立つ、ネワ-ル様式の芸術と建築の寺院。東西南北の最東最古の寺院で、開基はリッチャヴィ王朝の323年とされていてムガル帝国軍に破壊され1702年再建された。ヴィシュヌ神の化身であるナラヤン神を祀るヒンドゥ―教寺院。

 464年に建立された石版には、国王ダルマデヴァと、 若くして王位に就いた彼の息子の人生が詳細に刻まれている。この石版の文字は、ネパ-ルに残る一番古い文字である。

 

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ナラヤン神に向かって合掌するマッラ時代の王プパティンドラ

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リッチャヴィ時代の王マンデ-ブⅠ世が化身したガル-ダ像

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464年に建立された石版には、国王ダルマデヴァと若くして王位に就いた彼の息子の人生が詳細に刻まれている。

この石版の文字はネパ-ルに残る一番古い文字

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4世紀に造られたこの像は、旧10ルピ-紙幣にも載っている貴重なもので、ビシュヌ神がガルーダに乗っている

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チャングナラヤン入場料 100ルピ- 2013年10月

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