ネパ-ルの楽しいトレッキング その三十九
カンチェンジュンガエリア・トレッキング 番外編 十一回目
インド紅茶の産地ダ-ジリン地方
カンチェンジュンガエリアのトレッキングを計画した時に、インドのダ-ジリンに滞在することを予定していた。
ネパ-ルのカンチェンジュンガ峰は、インドとの国境に聳える世界第3位の高峰。ネパ-ルの一番東端のトレッキングなので、国境を越えてインドへ入り、国境近くのダ-ジリンまで足を延ばすことにした。
ダ-ジリンは世界の誰でもが知っている紅茶の産地。インドの紅茶生産量の三分の一がダ-ジリン産。
ネパ-ルの国境にある町カ-カルビッタから国境を越えると、インドのスィリグリ-町に入る。ここの標高は300mくらい。ダ-ジリンの町は標高2千mにある。この標高300mから2000mまで、ずっと茶畑が続く。インドのスィリグリ-に入ると直ぐに茶畑が現れる。スィリグリ-はインドのタライ平野にある町で、滞在したのは3月~4月にかけて。亜熱帯気候で暑いのなんのって、昼間は40度Cを超える。札幌から行ったわたし達は夜間でようやく生活できる気温になる。
続く茶畑は途切れることはあるが、距離で70km、標高差1700mに広がる茶畑は、なんと云おうか果てしない。この広大な畑から取れる茶葉だが、インドでの栽培茶葉の三分の一でしかない。
ダ-ジリンの茶葉の取り入れ日は4月1日から始まる。わたし達がダ-ジリンに滞在したのは、丁度4月1日だった。それで、これ幸いと茶葉の刈取り風景や紅茶生産工場などを見学に行った。茶葉の取り入れは、お茶の木の枝の先、その先の若葉三枚を一度に収穫する。
インドのスィリグリ-からダ-ジリンまではねトイ・トレ-インと云われる蒸気機関車が運行されている。この蒸気機関車は、イギリスの植民地だった時代から、イギリス向けの紅茶栽培と収穫した紅茶の、イギリスへの運送のために鉄道を敷いた歴史がある。トレッキングを終えたわたし達は、ジ-プに乗ってダ-ジリンまで登るが、この蒸気機関車を追い越し追い越されの、楽しい道中だった。
ダ-ジリンは標高2千m、この冬季以外一年中涼しい気候環境で、インドを支配していたイギリス人や、インド人達の避暑地となっていた。
ネパ-ルのダブルビザ
日本からネパ-ルに入国時には、ネパ-ルのビザが必要。わたしは普通には、ネパ-ルのイミグレ-ションでビザの申請をしている。今回はネパ-ルから一度インドへ国境越えして、再度ネパ-ルへ入国するので、最初にネパ-ルのイミグレ-ションで手続する時に、ダブルビザの申請をした。係官からは、ダブルOKだけど、何時出ていつ戻るの、聞かれる。日程の書かれた日本語で書かれた計画書を提示すると、係官は見たのかどうか、分かったふりして手続完了。こうしてダブルビザを取っておくと、ダ-ジリンからの帰りに、ネパ-ル入国時に新たな手続きが不要となる。
ネパ-ルのイラムからカ-カルビッタへ行く商店主に、頼み込んで車に同乗させてもらう。
お腹がすきカ-カルビッタでバナナ
インドの国境、イミグレ-ション
西ベンガル州・スィリグリ-町
まだまだダ-ジリンまで遠いが、このイミグレ-ション名は「ダ-ジリン」
ネパ-ルの出国イミグレ-ションからインド側のイミグレ-ションまでは輪タクで移動
ネパ-ルのダブルビザ
インドビザ
トイ・トレ-イン ダ-ジリ鉄道
機関車に人 坂道上りで空回りしない様に砂を線路にまく
線路の幅は62cm
ダ-ジリンの街からカンチェンジュンガ峰Kanchenjunga8586m
峰の頂上の左側はネパ-ル。右側はインド・シッキム州
ダ-ジリンの左隣の町は国境を挟んでネパ-ルのイラム町、続く茶畑に国境の線は見えない。イラムの西隣ダンクタ茶も売出し中。
ダ-ジリンの北側のインド・シッキム州にもダ-ジリンのお茶の木が移植され、栽培されてい。移植された茶樹なので、味が似ている。
「ヒラリ-自伝」より
ダ-ジリンの街
ダ-ジリンで一番大きなお茶屋さん
国境を越え、インドに入ってすぐのバグドグラ町の茶畑
ダ-ジリンの茶畑
4月1日から茶葉の取り入れが始まる。ダ-ジリンの紅茶工場見学