ネパ-ルの楽しいトレッキング その十六
ネパ-ル人ガイドとポ-タ- 二回目
前回は、私達がヒマラヤ登山やトレッキングでお世話になるネパ-ルメンバ-のトレッキングガイドとポ-タ-を見てみた。
今回はヒマラヤ登山のガイドとポ-タ-を見てみる。
ネパ-ルヒマラヤ登山のガイドとポ-タ-の歴史はどうなっているのだろう。
ネパ-ルの登山メンバ-であるガイドの歴史は、それほど昔ではない。
ネパ-ルは130年間鎖国政策を取っていた。その鎖国を解いて開国したのは1950年。
この1950年前後のエベレスト登山とネパ-ル人ガイドの関係から調査してみた。
エベレスト登山とネパ-ル人ガイド・シエルパ族
ネパ-ル民族の歴史
ネパ-ルにシェルパと呼ばれる民族が生活している。
現在のネパ-ル人民族は、その歴史から三種に見て取れる。まずその一つは、インドからネパ-ルに移り住んだ民族。インド系ネパ-ル人と云われている。ヒンドゥ-教のカ-ストの最高位カ-スト・ブラ-マン民族など。
そして、元々ネパ-ルに住んでいたタル-民族や、首都カトマンドゥ盆地の原住民ネワ-ル民族など。
最後に、チベットから移り住んだ山岳少数民族のシェルパ族やライ族・グルン族など。
現在では、案内人のことをシェルパと呼び、この言葉は国際語になりつつあるようだ。登山やトレッキング時にシェルパ族を案内人として雇用する。登山の案内人をシェルパと云う登山愛好者がいるが、私はガイドと呼ぶようにしている。その訳は、登山案内人にはライ族やグルン族などの呼び方が他の民族が居るから。それとシェルパ族はエベレスト登山で名をはせ、危険を伴うヒマラヤ登山で勇敢な案内人としての歴史もある。1950年前後のネパ-ル登山案内人は、シエルパ族しか居なかった。
エベレスト登山の歴史
ネパ-ルヒマラヤの登山案内人のシエルパ族の説明には、エベレストの登山の歴史について触れないわけにはいかない。
イギリス隊のエベレスト遠征
第1回エベレスト遠征 1921年 以後17年間 チベット側から 起点はダ-ジリン
第2次エベレスト遠征 1922年
第3次エベレスト遠征 1924年
第4次エベレスト遠征 1933年
第5次エベレスト遠征 1935年
第6次エベレスト遠征 1936年
第7次エベレスト遠征 1938年
第8次エベレスト遠征 1951年 初のネパ-ル側から
第9次エベレスト遠征 1953年5月29日午前11時30分登頂
ジョン・ハント隊長の率いるエベレスト登山隊、ヒラリ-とテンジンが登頂
イギリスは1921年初の登山隊派遣から32年を経た1953年に、エベレスト登頂の栄光に輝いている。
いや、イギリスはイギリス山岳会創立50周年の1907年にエベレスト遠征計画が行われていたから、計画からは46年間とも云える。第一次世界大戦で計画がとん挫、大戦後に再びイギリス山岳会と王立地理学協会がエベレスト委員会を組織し、ヤングハズバンドが委員長となってエベレスト遠征計画が再開する。
シエルパ族登場
1920年イギリスはネパ-ルへサガルマ-タ登山計画を提出するが、ネパ-ルはラナ時代 の鎖国政策中で不許可、ダメ。
そこで、チベットのダライ・ダマに許可申請し許可される。ここでネパ-ル側からのキャラバンや登山ができず、チベト側からの遠征となる。チベットは独立国だった。
ここで初めてシエルパ族が登場する。現在のインド・ダ-ジリンに居たシエルパ族は、チベツトから移り住んだ民族で、チベット経由のエベレスト登山に最適な山案内と隊荷物のボッカをするポ-タ-役となった。
現在のインド領ダ-ジリンは、それ以前にはシッキム王国の一部だった。
当時、インドはイギリス政府の植民地で、標高2千mの紅茶の茶葉産地ダ-ジリンはカルカッタ政庁の夏の避暑地の拠点となっていた。
以後イギリスや各国の登山隊もダ-ジリンを拠点地とした。
1924年から第4次エベレスト遠征の1933年まで9年間のブランクがある。第三次遠征隊が許可のないチベット・ロンシャール谷に入っていたこと、彼らが帰国後に上映した記録映画の中で紹介されたチベット人の習俗が不正確であったことが当時のダライ・ダマを怒らせ、以後9年間エベレスト入山許可が出なかった。
1938年の8次以降は、第二次世界大戦の影響で登山隊の派遣が見送られた。
1950年ネパ-ルが鎖国を解き開国。1951年にはインドの援助でインド亡命していたトリブバン王がネパ-ルへ帰り王政復帰する。
ネパ-ルは1949年に外務省を新設して登山隊の受け入れ態勢を整える。
参考文献
エベレスト登頂 ジョン・ハント
シエルパ 根深誠
わが山エベレスト テンジン自伝
ヒラリ-自伝 エドマンド・ヒラリ-
ネパ-ル トニ-・ハ-ゲン
ネパ-ル側のサガルマ-タ 8848m
チベット側のチョモランマ
テンジン・ノルゲイ・シエルパ エベレスト初登頂
1953年 登山隊長のジヨン・ハント
エベレスト初登頂 エドマンド・ヒラリ-
テンジン・ノルゲィ・シエルパ