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ネパ-ルの雪崩 その8 パキスタ・スキムブルム峰の雪崩 第7回目

ネパ-ルの雪崩 その八 パキスタ・スキムブルム峰の雪崩 第七回目

前回はアンナプルナⅠ峰北海道隊のBCが襲われた氷河雪崩を見た。

 このブログの標題に「ネパ-ルの雪崩」となっているが、ネパ-ルの山でなくパキスタやインドヒマラヤの氷河雪崩を見てみる。又後日、ネパ-ル以外の山の雪崩も見てみよう。

 

スキムブルム峰氷河雪崩

 今回は1997年パキスタンのスキムブルム峰・7360mのベ-スキャンプ(BC)を襲った氷雪崩を見る。ヒマラヤの高峰の5千m以上には、降り積もった雪が解けずに氷となる。それが山の斜面傾斜に応じて少しづつ下流に動く氷河となる。

 山の斜面の傾斜角度が鋭く傾斜90度に近くなると、この氷河が下部の地形に左右されて、クレパスやセラックになったり、河の様な流れにならずに空中にせり出す。そのせり出した氷の塊が割れ、先端が転滑落しながら落下する。

 この落下する氷河は、その場所の角度が急斜面だと途中で氷が粉々に粉砕され爆風となって下る。この爆風が登山している人や、登山中のBCや上部キャンプのテントを吹き飛ばす。

 スキムブルム神奈川県ヒマラヤ登山隊は、1977年にパキスタンカラコルムヒマ-ルのK2峰登頂隊員が、登頂20周年記念とした企画した登山隊。スキムブルム峰・7360mの登頂後にベ-スキャンプで就寝中の午前1時過ぎ、スキムブルム峰のBCより上部の氷河が崩れ、爆風となってBCを襲った。なんとほとんどのテントが飛ばされて氷河に叩きつけられ、隊員6人が死亡。4人が負傷した。

 

K2登頂

 K2はパキスタンのヒマラヤに聳える8611m・世界第2位の高峰。日本隊としては1977年に初めて登頂した。この隊39名の隊員が参加。隊荷の全てをBCまで運ぶのに600名のロ-カルポ-タ-を雇用している。この登山隊の報告書は手元に無いので、登頂した広島三郎さんの発行著書を写真で見てみる。

 

ロ-カルポ-タ-と高所ポ-タ-

 私はヒマラヤで荷運びをする人のことを、ロ-カルポ-タ-と高所ポ-タ-と呼んで区別している。相当以前のヒマラヤ登山計画書や報告書には低所ポ-タ-や高所ポ-タ-と書いてある。

 ロ-カルポ-タ-は、遠征隊が車で入れる所から、隊荷運びのために現地の住民やドンキ-などを雇う。4千m前後からはヤクに運んでもらう。

 高所ポ-タ-は、登山隊がBC以上のキャンプを設営して、そのBCでの衣食住の隊にを運ばせる人。私は高所で隊員と同様なル-トメ-キングなどをする人を高所ガイドと呼んでいる。

 普通、高所ポ-タ-はこの高所ガイドの見習いが行うことが多いようだ。高所ポ-タ-はガイドと同様にクランポン歩行やピッケル操作、そしてロ-プワ-クを身に着けていなければならない。

 高所での隊荷を運ぶのにヤクを雇うことがある。私の友人の奥さんはヤクドライバ-をしている。エベレスト街道のナムチェの町から歩いて2時間にタ-メ村があり、そこに夫婦と二男の三人暮らしのシェルパ族。カトマンドゥのエ-ジェントから電話で仕事の知らせが入る。一日でルクラ町のヒラリ-・テンジン飛行場に行き、次の日にはカトマンドゥでお客さんと打ち合わせができる。このご主人とは時々カトマンドゥなどで会う。私はタ-メ村まで会いに行って、お昼ご飯を作ってもらったことがある。以前この友人は、日本隊の高所ガイドをしていて日本人には超有名ガイド。5年ほど前に、登山中クレパスを飛び越えようとして足を捻挫。この登山隊、このガイドを頼りにした登山計画だったので、それで登山中止となってしまった。そのことがありヒマラヤ登山のガイドを辞めて、その後トレッキングガイドに専任。長男坊はチベット仏教のお坊さん。奥さんは二頭のヤクを飼っていて、登山隊専属の荷運びをしている。ヤクは人のポ-タ-の二倍の荷物を運ぶ。ポ-タ-は最高で30kgなので、ヤクは60kgまで。収入は二倍。二頭いるから人間の4人分の収入になる。

 

1977年8月、K2・8611m登頂

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K2 8611m

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スキムブルム峰 7360m

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ネパ-ルのヤク

3500m以上に生息 低地に降りると死亡する

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友人のシェルパ族のガイド(左) 次男(右) 奥さんは仕事で留守

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