ネパ-ル大地震から2年

ネパ-ルの大地震から二年目

昨日2017年4月25日、ネパ-ル大地震から二年目の日。

 ネパ-ル大地震は9千人の命を奪った。多くの外国人もいた。負傷者数は統計に表れない山岳地などを除いて21、000人に達している。

 私は昨年の9月から11月まで、ネパ-ルの首都カトマンドゥ市で生活をしていた。大地震から一年半経過したネパ-ルは、地震で崩れたレンガなどの瓦礫は跡形もななく片付けられていた。しかし、そこで見たのは、日本の東日本大震災熊本地震の後の様な、古い建物を支えていた大きな柱や100mにも及ぶ道路脇のレンガ塀の補修途中の様子など。大柱は何世紀も前に建てられた木造とレンガの建築物の倒壊跡に横たわっていた。私が通って観た所だけでも、数か所にテント村があり、多くの避難住民が生活していた。テント村と云っても、竹や木を柱にプラスチック(ビニ-ル)を屋根や壁にしたもの。

 

ネパ-ル政府の地震からの復興は進まず

 ネパ-ルの地震被害の復興業務は、国の復興庁が主な作業を行っている。しかし、この復興庁で全国の被災地の復旧に向けた施策を具体化しても、その費用を捻出する財務局に書類を提出して、改めての審議が行われるなどの縦割り行政で、一向に復興が進んでいないらしい。

 国連を通じた呼びかけに各国の国際的な支援金額は4500億円を予定しているが、2年を経過して90億円の財務支出に留まっている。一向に復旧・復興が進んでいない。その原因は。

 ネパ-ルの民主化は1990年ころから始まり、2007年に暫定憲法制定。2008年に王制廃止。その後新憲法制定に各政党間の協議が進まず、漸く制定までこぎ着けると、こんどはインド系住民の憲法差別反対運動とインドからの石油などの輸入がストップ。そしてこの差別是正憲法修正条項制定に追い込まれ。なんとその間、二年間に首相が二度も交代するなど、ネパ-ル政府の混乱があった。

 日本でも地震直後からネパ-ル支援活動が始まった。私は登山活動を通じてネパ-ルを行き来していた。日本の登山団体の日本山岳会日本山岳協会日本勤労者山岳連盟など、多くの団体や仲間がカンパ活動に取り組んだ。しかし、この浄財は、直接に現地の被災者へ届けられず、日本赤十字社とランタンプラン住民支援団体に届けられたため、何処へ行ったのか分からなくなっている。日本赤十字社は当然ネパ-ル政府へ届けることになる。

 

被災者へ届けられなかったカンパ金

 地震直後に国際団体が直接ネパ-ルで活動した。このネパ-ル政府へ届られたお金が使われた。その時の費用を見てみる。海外から駆け付けた外人の日当は、一人一日320ドル、ネパ-ル政府の役人などネパ-ル人の日当は120ドルだった。世界各地でカンパしたお金は、そのほとんどが人件費で消えた。なんと高額な給料か。ネパ-ル人公務員の月給が24、000RSルピ-。1ルピ-=1円。ネパ-ル人は二日働くと一か月分の給料と同額になる。

 海外から派遣された外国人もボランティアではなく、高給取りの支援活動となった。

登山団体が集めたカンパは、その半分が日本の民間団体のランタンプランに渡された。ランタンプランはネパ-ルのランタン渓で自然保護と住民の自助努力原則の住民の生活支援を行ってきた。1986年から電気の無い所に発電所建設などを行っている。

 地震直後に北海道大学内でこの団体の支援報告会が開かれた。その集会で、引き続きの支援活動カンパの要請があった。ところがだ、会場に集まった市民からの質問の答えはこうだった。「集まったカンパはランタンプロジェクト日本メンバ-の渡航費やネパ-ル滞在費・ランタンまでのヘリコプタ-往復料金に使用」。市民から非難ごうごう。被災したランタンヒマ-ルの被災者には届かないのだ。

 

ランタン村は二度と被災されない場所へ移転を

 ランタンプロジェクトのメンバ-には、二度とヒマラヤの高峰にある氷河が崩れ落ちても被害の無い場所への、村全体の移転を提言する活動を行ってほしい。と私は願っている。カンパを有効活用すべきだ。

 ネパ-ル大地震から二年が経過した。家の全壊したネパ-ル住民へ手渡された支援金の額は50,000RSルピ-だった。いまだに全壊した家71万戸中60万戸が手つかずのまま。

 4月21日に「ネパ-ルの雪崩」としてブログに紹介したランタン渓の雪崩について考えてみよう。

 私が二十数年研究した雪崩は、雪崩発生地点から雪が動き下って止まる位置が、ほぼ決まっている。「高橋の18度」と云われていている。雪崩研究者の高橋さんが、過去の雪崩を研究分析した結果、雪崩が止まるデブリから発生点の破断面を見上げた見通し角度が、最長でも20度と判明。それでも一割の安全率を保って18度とした。

ランタン村から見上げて、上部に氷河の無い所か、又は見通し角度が18度より少ない場所になる。

 

友人達からのネパ-ル被災支援

 私は昨年ネパ-ルを訪れた時、私の女房と友人達からのネパ-ル震災義援金のカンパを持参していた。私の友人の会社と3団体が、ネパ-ル被災支援基金を立ち上げて、被災者の支援活動を行っていた。

 その支援活動の一端に、登山やトレッキングで訪れるク-ンブ地方(エベレスト街道)被災者就学児童支援基金があった。登山ガイドやロ-カルポ-タ-達の子供たちへの就学支援が目的。2万円で一人一年間の学費を賄える。10万円を支援基金に置いてきた。

 3団体が設立した基金、タレントのなすびさんも入っている。なすびさんは2013年から、2011年の東日本大震災の支援事業に現地を励ます目的でエベレスト登頂目標を挙げた。2013年プレモンス-ンネパ-ル側からのアタックは天候悪化で断念。次いで2014年は、BCからキャンプ1間で氷河雪崩発生。ネパ-ル人ガイドや高所ポ-タ-13人死亡、3人行方不明。全隊が登山中止。更に2015年はこのネパ-ル大地震で300名の外国人がBC入りしていて、この時も隣の山プモリ峰7165mからの氷河雪崩で18人が死亡。又も登山中止。プモリ峰の山裾がエベレストベ-スキャンプになっている。

 ちなみに、今年2017年のエベレストは約500人の外国人が登頂を目指して、今ベ-スキャンプに滞在している。

 なすびさんは4回目のアタック、2016年春にエベレスト登頂している。東日本震災の支援活動としてエベレスト登頂を目指していたが、エベレストベ-スキャンプで大地震と大雪崩に遭った。そしてネパ-ルの被災者支援、中でもエベレストの聳えるク-ンブヒマ-ル地域の支援活動をしている。

 

パタン旧王宮広場 地震の前 左・ジャガナラヤン寺院  右・クリシュナ寺院

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地震

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バクタプ-ルの旧王宮広場 地震

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バクタプ-ルの旧王宮広場 地震

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バクタプ-ルの旧王宮広場 地震

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バクタプ-ルの旧王宮広場 地震

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ボダナ-ト 地震

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ボダナ-ト 地震

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ランタン村 地震

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ランタン村 地震後 友人の写真 レスキュ-ヘリコプタ-から

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