ネパ-ルのコウモリ 蝙蝠

 ネパ-ルの首都カトマンドゥの街の真ん中にコウモリが住んでいる。

 王様がいたときのカトマンドゥは今もそうだが、王宮を中心に街が作られていたと思われるほどに、市の中心が王宮になっている。今では旧王宮と云われているが。

 その旧王宮を取り囲む様に大きな木が生えている。その木も伐採されて半数ほどになってしまった。大きな切り株だけが残されている。その木に数えきれないほどのコウモリが生息しているのだ。私がカトマンドゥを最初に訪れた1981年の時にもいた。たぶんその数は変わっていないのだろう。

 北海道にも蝙蝠の専門家がいて、士幌高原道路の建設反対の時には、ナキウサギと並んでコウモリも自然破壊の矢面に立たされていた。いわゆるコウモリは何処にでも居るということなのだろうか。

 コウモリは夜行性なので昼の明るい時は、ただぶら下がっているだけにしか見えない。ここのは大型蝙蝠だから見ごたえがある。夜間にも見えるが異様な色になっていて、コウモリが住んでいると知らない人なら何が居るのかと驚かれるだろう。

 以前はネパ-ルのことをロ-ヤルネパ-ルと云っていた。王宮が旧王宮になったのは民主化の結果と云えるだろう。少しだけ説明しておこう。

 1990年にネパ-ル王国憲法が制定された。その中身は第5条 ネパ-ルはヒンドゥ教の・・・・王国である  第11条 宗教や人種、性、カ-スト、部族、思想によって人を差別してはいけない。差別する法律もダメ  と云う内容のものだった。

 1950年にネパ-ルの鎖国が解かれて開国され、と同時に1959年から政党と王様とのカ-スト政治と民主化の闘いが始まった。政党の民主化に押されて1990年王国憲法によるカ-スト廃止とカ-ストに関わる罰則禁止で、一気に国民の民主化が進んだ。それは今までは国王にたてつくとカ-ストに関わる罰則で逮捕され牢屋にぶち込まれていたのが、逮捕されなくなったのだから、うっ積されていた国民の不満が爆発するのも当然だ。しかし第5条でまだ「ネパ-ルはヒンドゥ教の・・・・王国である」として、王様は根深い抵抗を見せるのである。

 その後、ビレンドラ国王がディペンドラ皇太子の銃乱射で死亡、皇太子も自殺。ビレンドラ国王の弟だったギャネンドラ皇子が国王に即位、と云う調査委員会も調査を投げ出す事件が起き。即位したギャネンドラ国王が議会を解散させるなどの強権を発するなどして、なお国民の民主化に発破をかけ、ついには民主化を掲げる議会が2007年1月暫定憲法公布、4月暫定政府発足、2008年制憲議会発足、5月ギャネンドラ国王退位。と進んだ。勝負あったである。どこの国の民主化もそうだが多くの血が流されたのだ。

君主制について、日本の今では天皇の「生前退位」のお言葉で、どうも天皇の考えと政権政党の思惑の違いが浮き出た様な感じかな。

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