カトマンドゥ市内に住むD・Bさんの奥様と次女のスェタ-さんから夕食のご招待

    通称名D・Bさんは元々ライ族の町に住んでいた。登山やトレッキングのガイドを経験して、ティ-ハウス(紅茶販売店)を開業したり、トレッキング会社を共同経営したりしたが、うまくいかなかった。今回は奥さんの経営する小さなレストランの手伝いをしていた。奥さんの経営するレストランは、カトマンドゥの中心街のラジンパットエリアのラジンパット通りに面した人通りの多い場所で、結構繁盛している。向いの五つ星ホテルシャングリラホテルの従業員が飲んだり食べたりしに来る。奥さんが腰を痛めていて奥さんの妹さんご家族に手伝ってもらっていた。

 ちなみに、D・Bさんの名はニックネ-ムで本名はダャンバハド-ル・ライさん、奥さんがサァラダさん、次女はスェタ-さんで長女はサローザさんで結婚してオ-ストラリアに出稼ぎに行っていた。D・Bさんとは9年前から付き合っている。9年前にカトマンドゥ市内に借家を探していて、その時に手伝ってくれたのが彼。当時はエ-ジエントに山岳ガイドとして勤務していて、エ-ジエント会社の社長の指示で私と同行し、仕事として私のフラット探しをしてくれたのだ。この時は彼にお礼や日当をあけ゛なかった。そのことが今日まで友情を深めることになったのだから、トョット不思議だ。

 カトマンドゥを訪れるたびにいつもスェタ-さんから、こんど家に遊びに来て、と誘われる。今回は奥さんとスェタ-さんからだった。私の知る限りではD・Bさん一家の住まいは3件目になる。3件目になる少し遠くなった家にタクシ-で向かう時に、前回の場所から転居した理由は、家賃が高額で安い家に移ったと話してくれた。最初は確か家賃4000RSだった。その時の私の借りた借家は16000RSだから、ネパ-ルの平均家庭の家賃の額が分かるだろう。その時の公務員の給料は月14000RS位だった。それから9年、ネパ-ルの諸物価の高騰は右肩上がりで、私の借家の家賃は16000が30000RSになっているし、現在の公務員の給料は17000RS前後から一挙に賃上して21000RS前後だ。特にカトマンドゥの物価高騰はすごいので公務員は給料だけでは食べていけないだろう。

 D・Bさんご家族紹介。奥様サァラダさんはインドのダジリン育ち。ダジリンのビュ-ティスク-ルの教師をしていた。お金持ちのお嬢様の通う花嫁学校と云ったら分かるか。学校ではサリ-の着付けを勉強する。お金持ちの娘たちは一等良いサリ-を持参する。写真を見せてくれたが、その多くの娘たちに負けず劣らずの素晴らしいシックなサリ-を着て、生徒たちに囲まれていた。その後D・Bさんと結婚してカトマンドゥに暮す様になった経緯は知らないが、カトマンドゥの小さなレストランのサウニ(女性経営者)に収まっていた。9年前は一カ月10000RSの利益しか出ない薄利多売店。現在オ-ストラリアに夫と暮す長女のサァロザさんは、バングラディッシュの国立ダッカ大学の歯科を卒業してい。次女のスェタ-さんはカトマンドゥエンジニアリング大学を10月8日から本格的に始まったダサイン大祭が終わると卒業式を迎える。5年生の建築科だ。ここでネパ-ルの政治的市民の経済状況を少し説明すると、地方から多くの市民が押し寄せて労働の需給バランスガ崩れている。なかなか就職に着くことが難しい。特に女性は。就職に着ける人は英語が必修。ネパ-ルの小中校学9年は公立学校に通うのがが普通だが、この英語教育が弱いのだそうだ。子供の将来を考える親は、私立の小中校学とハイスク-ルに通わせることになる。その上の大学となると気の遠くなる教育資金か必要なのは誰にでも分かる。お父さんであるD・Bさんは、幸い日本人相手のガイドを職業にしていたので、日本の山岳地域の山小屋などのアルバイトが毎年あった。¥で稼いでルピ-で使う。こんな理想的なことはない。物価て云うと札幌とカトマンドゥで比較すると、野菜では札幌で1000円買うのとカトマンドゥは10000から15000ルピ-分も買えるのだ。1ルピ-は約1円。日本の山のアルバイトで50万円持ち帰ると500万円の価値があることになる。こうして二人の大事な娘がすくすくと育った。D・Bさんが私に云う。今までは娘のために頑張ってきた。これからは娘達が私と妻を養ってくれるだろう、と。私が考えるには若い時から日本人と付き合ってきたD・Bさんは、日本の文化や日本人の影響をしっかりと受けていた。ネパ-ル人が日本人的発想で子育てをした見本みたいなことが、ここにある。私の思い違いかどうか。今の子供を持つ日本人の親のすねとD・Bさん夫妻の足のすねは同様に細いに決まっている。

 この日記の初めにD・Bさんとの友情が深まったと書いたが、その理由は、登山隊やトレッキングでネパ-ルを訪れる日本人とネパ-ル人ガイドとの関係を知る必要がある。ネパ-ルを訪れる日本人は間接的であるがネパ-ル人ガイドに賃金を払う側の人間。ガイドはネパ-ルのエージェントの社長から登山隊やトレッキングの装備費や日当をもらう側の人間。日本での労使関係とは全然異なり、又友人関係でも計り知れないものがそこにはあると私は考えている。もしかしたらヒンデゥ-のカ-ストが絡んでいるのかもしれない。カ-ストは社会的・経済的階級社会で、どんな学校を卒業したとしてもその職業を選ぶことさえできない制度。一度でも賃金を支払う側ともらう側になると、その間係は決定的になり、社会的・経済的階級が定まってしまう様だ。と私は考えている。私とD・Bさんの間係は5日間フラット探しを手伝ってもらった間係。正式な仕事ではなくたぶん雇い主のエージェントからは日当をもらっていないはずなのだ。これが後々に2人を友人として認識し深めていき、良い間係を築くことにつながった。と思っているのだが。私の気の違いかもね。ガイドの娘から今晩夕食を一緒にしませんかと誘われたら、これは気の違いではない決定的な証拠てはないかと思っているのだが。今から思うに手軽に日当を払わなくて良かった。ここはネパ-ルなのだから。ネパ-ルを訪れる皆さん、ネパ-ル人との友人を深めたいと思っている人は、絶対に賃金を払わない様に。ハハ。

 

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